意外な継承者

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 俺たちを率いて、各地で(ほとけ)の教えを説いて回った「(ひじり)」が息を引き取った。  後に残された俺たちの集団の中には、絶望や混乱に陥る者たちもあった。――身を投げる者までいたのだった。  多くの者は、聖の後継者と目された者とともに、経済力のある帰依者のいる土地へと向かった。――その意図はわかる。そうしなければ、聖一人の求心力でまとまっていた集団などひとたまりもないであろうこと。そして、聖の教え自体も継承されないと考えることも。だから、俺は彼らを否定はしない。  しかしながら、帰依者のもとで土地や寺をもらって住んだら、それはもはや、すべてを捨てて生きた聖の教えではなくなるのでないか……?  俺は、聖が亡くなった次の日の晩に集団を抜けた。それからもう、どのくらいの時が経つのだろうか。  俺はかつて、とある地方の武士で、一族の所領争いの中心にあり、一族の者まで手にかけた。――そして追放された。  全国を旅してまわる聖の集団に入ったのも、施しを受けながら追放された土地に戻る機会を伺うためだった。――しかし、その気持ちはいつの間にか消え失せていた。一度だけ、かつて俺が支配していた土地の近くまで入った時に噂を聞いた。俺のいた家は滅ぼされ、庶家の一族がわずかに、新たな支配者のもとに残ったということだった。  聖が生きていた時、俺に一度だけ妙なことを言った。  「お前の勘の良さは、お前の出自ゆえのものだ。そしていずれ、その能力はお前が思ってもいない形で生かされるであろう」  俺は今、聖の残した《もの》を、子どもでもわかりやすい話にして語っている。  俺が集団を抜け出した晩に、幼い頃に人さらいにさらわれそうになったところを助けてやった姉と弟がついて来た。この二人が、集団で行っていた歌や踊りを、見よう見まねで習い覚えていて、抜きん出た才能を示した。  「おじちゃんの物語を歌にするよ」  聖の教えが俺の生き様と重なり合う。話は、言葉となってとめどなくあふれ出てくる。  かつて一族を追放された時、俺を殺すことなく逃した男たち。聖や姉弟との出会い。集団で旅を続けた日々。聖の死。集団からの離脱。それからの毎日。  かつて武士であった誇り以上に、自らの中に眠っていた何か大きな力が、「生」の不思議を強く自覚させる。この世のあらゆるものの中に輝きが――それは、普通であれば悲しいと思わるようなこと、納得できないと思われるようなことの中にも――満ち満ちていた。
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