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あの花が開くとき、私の命は終わりを告げるの
彼女が見つめる先には、真っ赤なつぼみをつけた植物がポツンとひとつ、ゆらゆらと風に揺れていた。
ぼくたちがいる、小高い丘の下に広がるこの広い草原の中には、いくつもの花壇がある。そして、それぞれの花壇には赤い花、黄色い花、青い花、白い花が植えられているらしい。
「らしい」というのは、ぼくはここで小さなときから過ごしているけど、ひとつの花壇の中で全部の花を見たことが無いので、本当がどうかわからないから。ここの花は季節になると咲くのではなく、同じ色の花であっても、ポカポカと春を感じ始める季節に咲くこともあれば、吹雪が吹き荒れている時に思い出したかのように咲くこともある。まるで花そのものに意思があるかのように。
毎日がただただ流れていくこの場所で、ぼくは色々な花が咲くのを楽しみにしていた。しかし、彼女は花につぼみがつくたびに、引き攣れた顔に寂しそうな影を落としながらいつもこう言うのだった。
あの花が開くとき、私の命は終わりを告げるの
と。
「またそんなこと言って」
ぼくは彼女の手がある左隣に立つと、彼女とそっと手を繋いだ。
「こないだあっちの花壇に花が咲く前だって、同じことを言ってたじゃない」
彼女が見つめている赤いつぼみを見ながら、ぼくは彼女に話しかける。
「だって、赤い花が咲くのよ?」
彼女はぼくの方に顔を向けると、ぼくに言い聞かせるかのように、ゆっくりと口を動かした。
赤い花がなんだっていうのだろう?
思い返してみると黄色い花や青い花が咲くときは、彼女は寂しそうな、辛そうな顔はしているけど「命が終わる」とは言っていないことに、ぼくはたった今気がついた。
「赤い花に何か意味があるの?」
ぼくにはよくわからない。でも彼女は何かを知っているみたい。今までそんなことを気にしたことがなかったけど、ぼくは急に彼女が知っていることを知りたいと思った。
赤い花。赤い花。
彼女のほうに顔を向け、片方の目でしっかりと彼女の目を見つめるぼくを見つめ返す彼女の顔は、さっきぼくに何かを伝えようとしたことなんて微塵も感じられない、困ったような寂しいような、なんだか悪いことをして怒られる前の子供のような表情を浮かべていた。
「ううん……何でもない」
そう言うとぼくの視線から逃げるように、彼女はまた、赤いつぼみに視線を戻した。
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次の朝、私はベットで目を覚ました。
今回の赤い花も、私の花では無かったようだ。
まだ終わりでは無かったという安堵の気持ちと、また赤いつぼみに怯える日を過ごさなくてはいけない絶望の気持ちとが、私の中でぐるぐると交わり、得体のしれないモヤモヤを生み出していく。
もう赤い花のつぼみを見るのは終わりにしたい。でも、一日でも長くここにいたい。
重い体をベッドから引きはがして立ち上がった私は、窓のそばへと向かうと左手で窓を開けて外を眺めた。開いた窓からは心地よい風が舞い込み、私の髪の毛をサラサラと揺らしていく。今日もいい天気だ。
私のよどんだ心とは正反対に、太陽の光がこれ以上ないくらいにサンサンと世界を明るく照らしている。
時計を見ると、いつもなら彼が私の所に「おはよう」と言いに来る時間をとっくに過ぎていた。私の心のモヤモヤは、そのことに気が付くと同時に悲しみの色を濃くしはじめる。
私は窓を閉めると、彼の部屋へと急いだ。
「おはよう」
彼の部屋を覗き込むとそこには彼の姿はなく、綺麗に整頓された主の居ない空間が静かに存在しているだけだった。ベッドの上は綺麗に整えられ、あけ放たれたクローゼットの中は空っぽ。昨日までここで彼が生活していたという痕跡は綺麗さっぱりと拭い去られ、ただただ明るい日差しで満たされている部屋を見て、私の心の中も空っぽになってしまったような気がした。
私は彼の部屋から出ると、昨日見た赤いつぼみの元へ向かい歩き始める。
赤い花
燃え盛る炎のような、透き通る宝石のような、今まで何度も目にしたあの赤い赤い花が、強い意志を持っているかのようにしっかりと花開いている姿に、私の目は釘付けになる。
これは彼の赤い花
ゆっくりと赤い花に近付くと私は左手を伸ばし、その赤い赤い花をそっと摘み取った。
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ここは病院に併設されている隔離施設。私たちはこの施設で産まれ、育ち、欠けて、最後はここからいなくなる。
季節の移り変わりだけを楽しみに、日々をのんびりと生きる。この身体を維持すること。それが私たちの生きている意味。それ以上でもそれ以下でもない。
そして私はこの建物の中で生まれ、育ち、今ここで一番長く生活をしている。
赤い花が開いた朝にいなくなった友達は、ひとりも帰ってこなかった。
黄色い花が開いた朝にいなくなった友達は、帰ってくることもあったけど、帰ってこなかったこともある。しばらくして帰ってきた友達には、皆、お腹に大きな傷がついていた。
青い花が開いた朝にいなくなった友達は、しばらくするとお腹に大きな傷をつけて帰ってくる。
白い花が開いた朝にいなくなった友達は、しばらくすると手や足、目などを失って帰ってきた。
この施設にいるヒトはみんな、年月を重ねる度にだんだんと欠けていく。
他のものと違って傷跡は見えないだろうけど、心を取り出された人もいるのだろうか。
私は赤い花を見ながらぼんやりと考えた。
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