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渡り廊下。その中間地点で、わたしたちは唯一重なり合う。一秒もない、ほんのわずかな時間。
その一瞬が、わたしが一番幸福だと思えるようなささやかな楽しみだった。
すれ違いざまに振り返ったりはしない。我慢して、我慢して、我慢して、廊下を渡り切ってから、ようやく肩越しにちらりと後ろを確認する。
けれど、いつも見えるのは彼の小さくなった背中だけで、わたしが見てることさえ知らないような、儚い後ろ姿。
それでいい。知られてしまっては、もう彼のことを見つめられなくなってしまう。
だれも知らない。だれにも言っていない。わたしの好きな人。
毎週金曜日。この時間のためだけに、わたしは学校に来ることが出来る。
「ひとみちゃんって絵がうまいよね」
「そんなことないよ」
「運動神経抜群だし、なんでそんななんでも出来るの?」
「ぜんぜん。たいしたことないよ」
クラスメイトの女の子たち数人に、友人の瞳が囲まれているのはしょっしゅうだった。
誰かと群れるのは嫌いで、自分の好きなことをする彼女は、とても凛々しくてかっこよくて、女の子の憧れで。
「二胡もおいでよ」
瞳がクラスメイトたちの隙間からわたしを見つけて呼んでくれる。
無数に突き刺さる目が、わたしを鋭く刺激して、空気の冷たさを感じた。
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