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彼が友人と歩いてきて、すこしづつ、すこしづつ近くなっていくたびに、鼓動の音が激しくなってしまって。
通り過ぎたい。でも、通り過ぎたくない。その至福な時間がおわってしまうから。
それでもこの日を待ちわびていたのはたしかで、すれちがうことを待っていたのもまた事実。
「……っ」
彼とすれちがった瞬間、右手に感じた不確かな感触に思わず足を止めてしまいそうになった。
あのとき、あの一瞬、彼の手がわたしの手の甲に触れた気がして、一気にそこが熱を帯び始める。
(当たった……?)
ばくばくと響く鼓動。
たしかにかなり距離が空いていたわけじゃない。わたしと瞳でふたり、彼と彼の友人でふたり、合計四人が廊下で同じ線に並んだけど、でもいつもそうだ。触れることなんて一度もなかった。
でも、もし当たってしまっていたら——
ぐるぐると考えて、いつもなら渡りきって振り返るタイミングを、その場で振り返ってしまった。
でも、すれちがってから時間が経ってしまっているせいか、彼の背中はもうとっくに廊下を渡りきろうとしている。
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