輪廻『虚礼』

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 臆病な下地が訊いた。洋子は返事をせずに寝室に戻った。すると隣の壁からノックが聞こえる。それは段々大きくなりドーンと振動と共に壁が揺れた。これには全員が起き上がって来た。 「隣の男よ間違いない、あなたが叩くから仕返しよ」 「チキショウふざけやがって警察に電話しなさい」 「あなたがすればいいでしょ」 「お前がするのが常識だろ、俺は仕事でいっぱいだよ」 「お父さんがすればいい」  小学二年の長男が言った。これには下地も驚いた。 「ママを虐めないで」  幼稚園の長女が泣いた。  洋子に抱かれるように二人は寝室に戻った。  昨夜野川から企画書を制作するよう指示された。しかし下地にはその才能がない。だが対抗案を出さなければこのまま派閥の最下層に取り残される。それどころかこれを逃せば最下層の蓋が開いてそこからさらに転落する危機にある。一週間で仕上げなければ次の役員会に間に合わない。後輩の木下を呼んだ。 「いいか、金曜までに上海に支店進出の企画書を出す。お前がまとめろ」  木下は後退る。 「無理ですよ、それ先輩が一番よく知ってるじゃないですか、俺は事務屋で整理だけ、考えることが苦手だから計算得意なんですよ。吉田にませましょうか、あいつはやりますよ、でも抜かれますよ先輩すぐに、トントントンと先に行っちゃいますけどそれでもいいですか?俺はいいです、出世何て全く考えていませんから」  木下の言う通りである。旅行代理店、奇抜なアイデアを生かし法人から個人まで確実に客を増やし貢献している。その吉田の実力は社内でも評判になり派閥争い相手の西木課長も取り込もうと躍起になっている。しかし野川係長の引き抜きで入社した手前躊躇っていたが、北京支店を任せると言う大任を餌に取り込むことを考えていると聞き吉田も色気を出していた。いつもまで野川一派にいてはうだつが上がらないと考えていた。
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