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「お客さんだ、大事な人」
下地は妻に言った。台所の脇の小さなリビングに案内した。
「困りますよ、電話ぐらいしてよ。何も用意していませんよ」
妻は奥の寝室で下地に言った。
「蕎麦ぐらいあるだろ、蕎麦だけ茹ででくれればいい」
下地は妻に言い捨てて金原仙人と向かいあった。
「つまみはないけど酒は二本ある。蕎麦は妻が用意する」
一升瓶を並べた。
「これと蕎麦さえいただけるならありがたい。いただきます」
安い日本酒だが拘らない。二人共手酌で飲み始めた。
「ところでカラスの話、あれどうして分かったか不思議なんだけど」
「不思議でしょうねえ一般の人々からすれば、でも説明してもよく分からないと思う。あなたの思いが私に通じた。それだけなんです」
「どうして通じたのか知りたいんだ」
「仙人ですからそれぐらいは」
妻が着替えて台所に入った。
「主人がお世話になっています。お蕎麦は温かい方がいいでしょうか?」
「もりでお願いします。何もいりません。わさびがあれば少しだけ」
妻は微笑んで支度に掛かった。その時『ドン』と隣が壁を叩く音。
「隣の男よ」
妻が肩をすぼめた。下地が叩き返した。さらに大きな音がした。
「あなた、謝って来たら、あなたが先に叩いたのは間違いないんだから」
金原仙人は既に繋がっている下地の心を読んで立ち上がった。叩かれる隣の壁から位置を突き止めた。その壁に掌を当てた。『キュ』と音がした。
「もう大丈夫でしょう」
下地夫婦は隣の男の腕の骨が折れたことは知る由もない。
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