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 和也は最後の「(完)」を打ち終わると、上書き保存をしてパソコンの電源を切った。  和也が童話作家になったのは、今書き終わった、この子供のころのファンタジーな経験がもとになっているのは間違いない。この時に感性が養われたのだろう、やがて中学生になり思春期が終わったころから和也の頭には、不思議な、それでいてとっても優しい、そんな物語があふれんばかりに次々と浮かんできた。それらすべての内容を、忘れないようにと大学ノートに書き連ねていったら、高校を卒業するころにはなんと10冊分ものネタ帳が完成していた。  もうそのころには、和也は自分が作家になることは使命なのだと思うようになり、大学は国文科に入学、みっちりと作家になるための勉強をして、大学卒業の直前、四年生になってすぐに書いた童話でコンテストに応募した。  残念ながらこの作品では賞をもらうことはできなかったのだが、それでもその一風変わった作風と、和也の性格同様とても優しくかわいい話が、ある出版社の編集者の目にとまり、そして和也は大学卒業と同時にその出版社からプロの作家としてデビューしたのだった。  その後は決して順風満帆とはいかず、大学で取った教員免許で教師になろうかと考えたこともあったのだが、しかしそう思うたびに不思議と小学生のころに亡くなった父親の顔が浮かんできて、自分の道を突き進もうと、いや進まねばならないのだと前を向いた。  デビューして10年がたち、売れてはいないが出版社の計らいで子供向け雑誌の連載枠をもらい、そろそろ忙しくなりだしたころ、和也は自分が住む安アパート近くの喫茶店で執筆することが多くなった。名の知れたチェーンの喫茶店ではなく、早朝に近所のお年寄りたちが集ってモーニングを食べながら2時間ほどしゃべって帰る、そんな「街の喫茶店」だったが、それが和也にとってはとても居心地が良く、たまに老人たちの会話が童話のネタになったりもして、だから和也は、ノートパソコンを持って毎日足を運び、モーニングからランチの時間までを執筆の場としていた。  そんなある日、その喫茶店の看板娘と言ってもいい、年齢は和也よりやや下くらいの、いつもおさげ髪にしている純和風といった感じのパートの女性が和也に声を掛けてきた。  「あの、いつも何を書かれているんですか?」  彼女と話すのは初めてだったから、和也は少々面食らってしばらく返事ができないでいた。すると彼女が続けた。  「あ、ごめんなさい、お邪魔でしたよね」  和也はあわててこたえた。  「ああ、いえいえ、こちらこそすみません。ちょっとびっくりしちゃって」  そう言って彼女が運んできたコップの水をゴクリと一口飲んで、  「あの、ぼく、童話作家なんです」  と言った。要するに、これが和也と奈津美のなれそめである。  その後の和也は、もちろん毎日欠かさずこの喫茶店に通い、奈津美が休みの日以外はマスターの目を盗んでいろいろと話をしたりして、そして和也がこの店に通う理由が、執筆5割、奈津美に会うのが5割となったころ、二人は入籍した。和也がデビューして11年目のことだった。
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