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 今、日本は、一人の童話作家のことで話題が持ちきりだった。いや、大げさではない。デビューは10年も前なのだが、最近になってある有名ユーチューバーが「ヘンな童話がある」として発信した「シロネコ電機店」という作品が、いやいやこれはたしかにオモシロ怖いぞ、ということで一気に人気沸騰したのだ。  内容は、「シロネコ電機店」という変わった名前の電機店の老店主が、夜な夜などこかから小学校低学年の子供たちをさらってきては、不気味な手術を施して人型の電気スタンドにしてしまっていて、ひょんなことからそれを知ることになった主人公のミツホシナエルという小学五年生の少年が、相棒のちゅちゅのすけというハムスターとともに、刑事のコグマさんの力を借りてやっつける、という話である。  アイディアもさることながら、ちょっとしたドタバタ感も含んだこの子供向けのホラー童話はあっという間に、子供心をとうの昔に忘れ去ってしまった大人たちの心をわしづかみにし、かの童話作家はテレビ出演やら、雑誌インタビューやらにひっぱりだことなって、すっかり時の人となったのであった。  その後は、過去の作品を読んだ評論家たちからの評判もすこぶるよく、デビュー13年目にしてベストセラー作家の仲間入りをした、というわけだった。  その童話作家の名は、近藤和也(こんどうかずや)、35歳。ペンネームは「一星(いっせい)」。2年前に6歳下の奈津美(なつみ)という女性と結婚したが、子供はまだない。遅い結婚だから、子供好きの和也としては早く子宝に授かりたかったのだが、こればっかりはタイミングとお導きによるものであるからどうのしようもならない。まだ見ぬかわいい我が子を心に思い描きながら、日々子供向けの童話執筆にいそしむ、という毎日だった。  しかし、そんな和也には、遠い昔に体験した不思議な出来事があるのだが、実はこれはまだ誰にも、妻の奈津美にさえも話していない。なぜならそれは、あまりに不思議な体験で、誰に話したって信じてもらえないだろうと思っているからだった。この体験によって感受性が研ぎ澄まされ、そのため今の童話作家としての自分があるのだということは和也自身の中では明白なのだが、だからこそ、話してしまうとすべてが無になってしまうのではないか、という恐怖心のようなものもあり、心の中の奥深くにしまい込んでいるのだった。  それは今から25年前、和也が小学四年生の時。暑かった夏が終わり、秋の風が素肌に心地よい、さわやかな日のころの話である。
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