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極楽山の天狗村
庶務課特別係があるのは、田舎にある極楽山という山の中の村だ。東京から、新幹線、特急、普通電車、市バスと乗り継いだ先にある。
尚、市バスは一日に3本しかない。
周囲を見回して見ると、雑木林、田んぼ、小川という自然は嫌と言う程目に付いたが、民家は、パン屋兼クリーニング屋兼郵便局兼本屋と、民家が5軒ほどしかない。
その中の1軒が支所なのかと思い、重いスーツケースを引きずって、表札を確認しに行く。
が、無い。
「ええ!?そんなバカな!ここでしょ!?極楽村!」
愕然としてそう言うと、本屋から出て来た青年と目が合った。
イケメンというやつではあるだろう。目がきつめだが、整った顔立ちで、背が高く、適度に鍛えられている。年齢は20代終わりくらい、つまり、私と似たり寄ったりだろうか。
と、その彼が口を開いた。
「極楽山天狗村に用があるのか」
「え?ええ、まあ」
「天狗村なら、この山の中腹だ」
言われて、私は山を見上げた。こんもりとした山で、道は狭くて急だ。そして家らしきものは、ただの1軒も見えない。
「この上?本当にあるの?これ以上寂れているの?コンビニもないんじゃないの?」
思わずそう言うと、青年は、フンと軽く笑って歩いて行った。
「そうだ。タクシー」
青年が入っていた店に入ってタクシーを呼びたいと言うと、店番をしていたおばさんは、気の毒そうな顔で言った。
「呼んでも、待ってる間に村に着くよ。それにこの辺はタクシーの数自体が少ないから、予約していないと、いつになるか……」
そんな地域があると、思っていなかった。ここは本当に日本だろうか。
私は気合を入れ直し、スーツケースを引いて坂道を登り始めた。
急だし、狭いし、いつまで経っても村に着かないような気がするくらい、長い。日頃の運動不足を深く反省し、明日からの生活に不安を感じていると、ようやく村らしきところに着いた。
まず目に入ったのは、古そうな小さな寺だった。本堂と呼ぶには小さい建物と、庫裏、鐘楼、軽自動車が2台とまっているガレージが、背の低い生垣に囲まれた敷地内に見えた。
その右隣に古い小屋のように小さい家と、狭い庭があった。
そして寺の左隣には駐在所があり、自転車とミニのパトカーがとまっていた。
何より驚いたのは、ここまで上って来た道は、軽自動車でも通れるのかと心配になるような狭い道幅だったのに、それらの前を通る道は、普通自動車が楽に通れるアスファルトの道だった。
しなくていい苦労をしたのではないか。そんな気がして、私は溜め息をついた。
その道は、右側は小屋の前で終点になっていたが、もう片方は、駐在所の隣の方で向こう側にカーブして続いている。
そちらへと歩いてみた。
するとカーブの向こうは下り坂になっていて、道沿いに店や家が並んでいた。手前から、万屋、和菓子屋、医院、民家が2軒だ。
どの家も古い。
どちらかの民家が支社かとも思ったが、片方は軒先に干した大根がぶら下がり、玄関先に洗った鎌が置いてあったし、すすけた風車がカラカラと音を立てて回っていた。端の民家は、やたら派手なポストが置かれ、「上川」と書かれていたので、違うらしい。
となれば、寺の右隣、終点の家がそうだろう。
そう思って、私は道を引き返し、その家の前に立った。
全体に古くて小さい、木造住宅だ。ドアチャイムはない。ポストはあったが、元の色がわからないくらいに色が剥げている。そしてよく見ると、玄関脇に「東亜株式会社」という、文字が薄れて勘を頼りにしないと読めないくらいの薄さで残る表札がかかっていた。
引き戸を、ドンドンと叩いてみる。
と、戸のガラス部分に人影が映り、
「はあい」
という声に続いて、戸がガラリと開けられた。
出て来たのは、機嫌の良さそうな初老の男性だった。
「本社から来ました――」
「ああ、交代の人?」
男は嬉しそうに言うと、
「ああ、入って入って。遠かったでしょう」
とにこにことして促した。
「はあ、失礼します」
玄関から中に入る。
ありきたりの住宅のように見えた。
今日からここが、私の職場で、家だ。
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