未来

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未来

 今日も、読経の声で目が覚める。相変わらずいい声だ。  夏子はまだ起きない様子なので、静かに起きて、着替える。  身支度を整えてからうろを確認しに行くと、永世君も来ていた。 「おはよう」 「おはよう」  そして、うろの中を見る。 「何にもないな」 「何だったのかしらね」 「そのうち、他にも何か起こるのかな」 「神隠しに遭った子が戻って来るとか?」  考え込んだ。 「それはともかく、このうろのおかげで、兄貴からの伝言を受け取った。感謝してる」 「過去に通じるうろ、かあ」  それで未来を変えた。永世君の、何かが変わった。  揃って下に戻りながら、ポツリポツリと話す。 「もう、過去は過去。未来の方を見ようと思う」 「そうね。前向きが一番ね」 「他人事みたいに言ってるけど、片山さんもだぞ」 「私?私、は……」 「自然体で、自分が幸せになる方法を見付ければいい」  さわさわと、風が草を揺らす。 「そうね。無理は禁物ね。  ここに来て本当に良かったわ。いい声の目覚ましもあるし」  永世君はちょっと笑った。 「読経を目覚ましとは恐れ入る」  そして、迷うようにしながら言った。 「顔は、慣れたのか」 「そうね。慣れたと思ってた所で昨日のアレで。もう、どうでもよくなったわね」  しみじみと言うと、永世君も何度も頷いた。 「アレはな、ちょっと酷い」 「でしょ」 「じゃあ、あれだ。このまま、毎朝、起こしてやろうか」  何を言ってるのかと永世君を見ると、耳の先が赤い。  んん?と、あらら。 「えっと、そういう意味?」 「俺は、浮気はしない。意見が違えば言い合える相手がいいし、相手に依存するだけの関係はごめんだ。  片山さん。結婚を前提に、付き合って欲しい」 「可愛くないわよ」 「そんな事は無いし、評価は俺が決める」 「バツイチだし」 「知ってる」 「む、難しい作法とか知らないし」 「そんなものはないけど、覚えれば済む」 「お、女のくせに、気が強いって」 「その方が意見交換もできていい」 「えっと」 「俺の声は好きか」 「そうね」 「顔は」 「い、嫌じゃないわよ」 「じゃあ、付き合ってみよう」  私はもう、笑い出した。 「わかった。そうね。それがいいわね」  永世君がほっとしたように笑ったところをみると、それなりに緊張していたようだ。  風がすうっと通って、視線が自然と頂上へ向いた。 「あ」  そこに、姿は見えなかったのだが、誰かがいたような気がした。  永世君が、呟いた。 「兄貴」 「え?」 「いや、兄貴がいたような気がしたんだ」  木を見つめる。 「不思議なうろだな。過去に通じて、未来を連れて来た」  木の梢がさわさわと揺れた。 「まあ、とにかく、よろしく」 「こちらこそ」  ここへきて、本当に良かった。私は心からそう思った。
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