94人が本棚に入れています
本棚に追加
夢
夜中の事である。静まり返っただけでなく、街灯もろくにない天狗村は、恐ろしいほどに真っ暗になる。
私は生まれて初めて、本当に「暗い」という事を知った。
「なにこれ。真っ暗じゃないの。本当に現代日本?」
窓の外を覗いた私は、ポツンという灯りすらないない闇に、正直びびった。
お化けが出るとかは思わないが、何となく怖いものは怖い。
と、ガタンと音がして、私はビクッとした。
次いで、ガサガサ、ゴソゴソというもの音がする。
「え……何?」
応えなんてない。むしろあったら怖い。
「かか風かしら」
いや、無風だと知っているし、これが風の音でない事くらい、わかっている。
「家鳴りってやつ?」
違うという事を、私は知っている。
「気のせいだわ、気のせい。疲れたからよ。そうよ、坂道が凄かったからね。隣のあの跡取り坊主のせいね」
気のせいにするには無理があると内心思ったが、隣の青年を思い出すと腹が立ち、それが恐怖をわずかに減衰させた。
それで私は、せんべい布団にくるまった。
夫と私は、デートでお化け屋敷に来ていた。
血を吐きながら恨めし気に飛び出して来る幽霊。打ち首になって転がった首を持って追いかけて来る幽霊。
「うわあああ!」
夫が叫び、それで私は、叫べなくなった。いつも夫に、
「強いね。そんな所が、頼もしくて好きだよ」
と言われるので、怖がる事が怖かったのだ。
「大丈夫よ!」
空元気を出して、グイグイと夫を引っ張って進む。
無理難題を言い出す上司が出て来たので、腕で払う。
高校生の時、夜道で追いかけて来たチカンが飛び出して来たので、蹴り倒す。
どこかで見た女が出て来たので、押しやった。
すると夫が出てきて、押しやられた女の肩を抱く。思い出した。夫と腕を組んでいた女だ。
助けて!誰か!心の中で大声をあげた。
すると読経の声が聞こえて来て、体が動くようになった。
「バカー!!」
叫んだら目が覚めた。窓の外が薄明るい。
「……夢……」
現実でも読経の声がする。隣の寺かららしい。
「はあ。どうせ夢なんだから、殴ってやればよかった」
ろくでもない夢に、頭が痛かった。
昨日のうちに万屋で買っておいたパンをもそもそと食べ、頂上へ行って、うろを確認する。
「うん。いないわね」
それで支社に戻ると、パソコンで業務日誌に「異常無し。うろ、無人」と記入した。
創業者やその子孫である社長一家は、本当に妹さんが神隠しから戻って来ると考えているのだろうか。創業者が子供の頃の事だから、何十年もの昔の話だ。
諦めがほとんどではないのか。本当は、戻って来るなんて事はないと思っているんじゃないのか。夢で助言するというのだって、自分が考えているのを、夢というかたちで整理しているだけだ。心理学的にはそれで問題はない。
それでも、ここに支所を置いて確認するのはなぜなのか。
望みがないのに待ち続けるというのは、どういう気持ちなんだろう。
「はああ」
溜め息をひとつついて、立ち上がった。
「やめやめ!
さあ、今日は荷物も届くし、忙しいわよ!」
私は自分を奮い立たせた。
最初のコメントを投稿しよう!