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 夜中の事である。静まり返っただけでなく、街灯もろくにない天狗村は、恐ろしいほどに真っ暗になる。  私は生まれて初めて、本当に「暗い」という事を知った。 「なにこれ。真っ暗じゃないの。本当に現代日本?」  窓の外を覗いた私は、ポツンという灯りすらないない闇に、正直びびった。  お化けが出るとかは思わないが、何となく怖いものは怖い。  と、ガタンと音がして、私はビクッとした。  次いで、ガサガサ、ゴソゴソというもの音がする。 「え……何?」  応えなんてない。むしろあったら怖い。 「かか風かしら」  いや、無風だと知っているし、これが風の音でない事くらい、わかっている。 「家鳴りってやつ?」  違うという事を、私は知っている。 「気のせいだわ、気のせい。疲れたからよ。そうよ、坂道が凄かったからね。隣のあの跡取り坊主のせいね」  気のせいにするには無理があると内心思ったが、隣の青年を思い出すと腹が立ち、それが恐怖をわずかに減衰させた。  それで私は、せんべい布団にくるまった。  夫と私は、デートでお化け屋敷に来ていた。  血を吐きながら恨めし気に飛び出して来る幽霊。打ち首になって転がった首を持って追いかけて来る幽霊。 「うわあああ!」  夫が叫び、それで私は、叫べなくなった。いつも夫に、 「強いね。そんな所が、頼もしくて好きだよ」 と言われるので、怖がる事が怖かったのだ。 「大丈夫よ!」  空元気を出して、グイグイと夫を引っ張って進む。  無理難題を言い出す上司が出て来たので、腕で払う。  高校生の時、夜道で追いかけて来たチカンが飛び出して来たので、蹴り倒す。  どこかで見た女が出て来たので、押しやった。  すると夫が出てきて、押しやられた女の肩を抱く。思い出した。夫と腕を組んでいた女だ。  助けて!誰か!心の中で大声をあげた。  すると読経の声が聞こえて来て、体が動くようになった。 「バカー!!」  叫んだら目が覚めた。窓の外が薄明るい。 「……夢……」  現実でも読経の声がする。隣の寺かららしい。 「はあ。どうせ夢なんだから、殴ってやればよかった」  ろくでもない夢に、頭が痛かった。  昨日のうちに万屋で買っておいたパンをもそもそと食べ、頂上へ行って、うろを確認する。 「うん。いないわね」  それで支社に戻ると、パソコンで業務日誌に「異常無し。うろ、無人」と記入した。  創業者やその子孫である社長一家は、本当に妹さんが神隠しから戻って来ると考えているのだろうか。創業者が子供の頃の事だから、何十年もの昔の話だ。  諦めがほとんどではないのか。本当は、戻って来るなんて事はないと思っているんじゃないのか。夢で助言するというのだって、自分が考えているのを、夢というかたちで整理しているだけだ。心理学的にはそれで問題はない。  それでも、ここに支所を置いて確認するのはなぜなのか。  望みがないのに待ち続けるというのは、どういう気持ちなんだろう。 「はああ」  溜め息をひとつついて、立ち上がった。 「やめやめ!  さあ、今日は荷物も届くし、忙しいわよ!」  私は自分を奮い立たせた。
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