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ものおと
永世君と原山先生は、何かあったと勘付いたらしかった。
「何、何?」
原山先生が好奇心いっぱいに訊くので、何気なさを装って物音について話してみた。
「どこからかわからないんですけど、深夜、寝ようとしてたら、カサカサというか、ズルズルというか、ゴソゴソというか、何かどこからともなくそんな音がしたんですよ。
電気を点けるとピタッと止んで」
すると原山先生と永世君は真面目な顔で目を見交わして、小さく頷き合った。
「まさか、永世君」
「可能性は、まあ」
「まずいよね」
「ええ、確かに。最悪命に係わります」
それを聞いて、私は飛び上がった――気持ちだけだが。
「あの、それって、まさか」
永世君と原山先生は真面目な顔を私に向け、黙り込む。
本当にお化けがいた!?ここって田舎だし、もしかして土葬?いや、確か法律で土葬は禁止になっていたはず。そんな事を私は高速で頭の中で考えていた。
が、10秒ほどして永世君と原山先生は笑い出した。
「ぶわっはっはっはっ!」
「ごめんごめん、怖がらせちゃった?」
「え?」
私は、きょとんとしていたと思う。
「それ、たぶん天井裏に入り込んだ動物だと思う」
動物……?
「ハクビシンとかタヌキとか。
ああ、幽霊も天狗もなかなか出てくれないなあ」
原山先生が溜め息をつき、永世君はニヤニヤしている。
私は、拍子抜けしたような安心したような恥ずかしいような、複雑な気分だ。
「なあんだ。動物ですか」
しかし永世君と原山先生は、笑いながらも言った。
「いや、動物の方が厄介かも知れないよ。天井裏や床下に住み着いて、糞とかをして、それで板や壁が腐ったりすることもあるし」
「早く捕獲して、家に害が出てないか調べた方がいいですよ」
確かに。
「そうですね。早速そうしてみます」
私は筋肉痛の足をギクシャクと動かしながら支所へ入った。
そして、天井を見上げた。その音は、床下では無かったように思う。壁は何かが入って動けるほどの厚さもないので、天井に違いない。
今は静かだが、ここに本当にいるのだろうか。
猫を大人しくさせるには、網を被せればいいと聞いた事がある。なので、昔釣りへ行った時に使った事のあるたもを使う事にしよう。
ブリでもすくえる、大きくて強度も強いものだから、大丈夫の筈だ。
押し入れの中に入り、まずは天井板をそうっと持ち上げて天井裏を覗く。
埃が凄い。それが第一の感想だった。それから、お札らしきものが柱に貼ってあるのが見えた。
「何あれ!?何か出るの!?」
腰が引けそうになるが、視線をゆっくりと巡らせてみる。
何かいる。子犬程度の大きさのものが1頭、丸くなっていた。眠っているらしい。
数が多くなくて良かった。
そう思いながら天井裏から頭を引っ込めて、今度はたもを手にする。そして再び天井板を押し開けて、今度は上半身とたもを天井裏に入れた。
想像よりも明るいので、その動物の姿が良く見えた。
それに向かってたもを近付けて行く。
と、気配を感じたのかその動物が飛び起きてこちらを見、目が合った。
次の瞬間、たもを被せるようにと振り下ろす。
が、向こうも飛んで逃げようとした。
「ぎゃあ!!」
たもが空をきるが、慌ててそこから振って、どうにかその動物をたものなかに入れる事に成功する。
「落ち着いて!ひ、ひゃああ」
死に物狂いという感じで暴れまわるそれを、逃がしてはならないとたもを天井板に押し付けるようにして抑える。
と、玄関が叩かれた。
「へ!?あ、はあーい。今は、ちょっと、手が離せなくて、どうしよう、これ」
もっと小さく縮こまって大人しくなると思っていたのだ。
「片山さあん?」
永世君の声だ。ああ、いい声だ。うっとりと聞きほれてしまいそうになるが、それどころではない。
「はあい!今はちょっと――キャッ!?」
ちょっと集中力が途切れたのを見透かしたように、網の中で動物が暴れ、弾みでたもが天井板から浮いた。
ほんの少しの隙間なのに、それを見逃すことなく動物は突進した――つまりは私の方へと飛びかかって来た。
「ギャアア!!」
「え、片山さん!?」
驚いて咄嗟に頭を横に傾けたのは、我ながらいい反射神経だと後で惚れ惚れしたのだが、押し入れの上段に座り込んだ姿で、私は呆然とした。
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