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後日談 ジュニア誕生
「プチプチプチプチ・・・・」
「室伏せんせい、機嫌マックス悪いね」
「そうなのよぉ!出張からとんぼ返りして
どうやら、そのままここに来たらしいわよ」
「何であんなに荒れてるんですか?」
「ククッ、荒れてるの分かるんだ?」
「そりゃ、機嫌悪い時あのプチプチ
ずっと潰すじゃないですかぁ」
「シッ!・・それがね・・・」
「あっ!須藤せんせいだ!」
「おはようございまーす!」
「おはようございます」と長身の男が
女性たちに柔らかな笑顔で返し
「コツコツ」とドアをノックして入室した。
「むーろふし」
「あぁ、須藤先輩」
「お前、プチプチプチプチ・・外まで聞こえてんぞ?」
「あっ・・すいません。う・うるさいっすか?」
「いやー、そうね、ちょっとね」
T大学病院産婦人科医「室伏弥生」は
空気の入った小さい突起が並ぶビニールシートを
デスクの一番下の引き出しにしまった。
「落ち着けって」
「いやいや、落ち着いてますって!」
「じゃ、貧乏ゆすり・・やめろ」
「は?・・えっ・・はい」
「もうどの位?」
「えっと、丸一日・・ってとこですかね」
「ちょっと時間かかってんなぁ」
「・・・はい・・」
「大丈夫だよ、俺たちがついてるんだから」
「そぉっすね・・・」
同大学病院小児科医の「須藤」は
来院する殆どの患者が支持する優秀な小児科医で
弥生の5年先輩である。
そして・・、弥生の「セフレ」でもある。
「旦那、来てんの?」
「あぁ、今日はどうしても外せない仕事があって
半休とって、午後には来るって言ってます」
「そっか、ご家族は?」
「ワンサカ来てますわ・・」
「で、ワンサカ・・に焦ってる様子
見せたくない、わけ?」
「どぇ・・・いや違うし・・」
「アハハハッ!お前分かり易いなぁ」
「先輩っ!」
妹雛子の初めての妊娠と出産には
一瞬たりとも目を離すまい・・
と決めていた弥生であったが
どうしても参加しなければならない学会があり
後ろ髪を引かれる思いで新幹線に乗ったのが一昨日。
夜遅くに「出血した」と母から電話があり
昨日の朝一の新幹線に乗り、病院に直行した。
髪をふり乱し、どかどかと病室に入ると
「弥生ちゃん!」と雛子が笑顔で手を振る。
「どうなの?」と尋ねると「大丈夫だって」と言う。
診てくれた医師の話しでは
出血は大したこともなく、大丈夫そうで・・
臨月に入っていることだし、陣痛を待って
様子を見ながら、分娩方法を決めるらしい。
雛子は、帝王切開を拒んでいる。
「だって、お腹切ったら次もそうなるでしょ?
私、あと3人くらい産むつもりだから・・
4回もお腹切りたくないもん。それに・・
傷だらけのお腹、旦那に見せたくないし」
「あぁー・・はいはい」
昼になり、陣痛が始まった。
弥生は、様子を逐一家族に報告し
「あんまり早く来てもムダだから」と
逸る家族をギリギリまで押しとどめた。
今朝になり、波形が大きくなったので
「そろそろ来ても良いよ」と連絡した。
それから5時間・・・。
「ちょっと行ってみるか?」
「そうです・・ね」
この病院では、親族治療を禁じている。
のっぴきならない事情がある場合のみ
教授判断ではあるが「主治医」になれる。
雛子の妊娠については、事情がある。
妊娠の時点から、循環器の「渡会教授」の関与もあり
渡会教授の進言により弥生が主治医になった経緯がある。
そして・・
産まれてくる子どもには、優秀な小児科医が必要だった。
妊娠の過程での胎児の様子に、問題はなかった。
しかし、父親が遺伝性の高い病気だったから
万が一に備える必要があった。
弥生は、迷わず須藤に依頼した。
それが、一か月前の事だ。
須藤は、小児科医と小児集中治療医を兼任しており
新生児の治療に関しても、一目置かれる優秀な医師だ。
依頼してから、弥生は「はっ」と気が付いた。
馬鹿だ、ホント・・
2人は、今のところ「セフレ」という立ち位置をキープしている。
須藤に依頼すれば、患者の情報を共有することになる。
それは・・開示したくなかった家族の情報を
須藤に知られてしまう、と同義である。
雛子が夫以外の人の子を宿す、それも体外受精で・・。
この一件は、医師の弥生にとって衝撃的な事件だった。
そして、須藤が知れば・・・
間違いなく興奮と感動を与えてしまうだろうし
弥生との関係が様変わりすることも予想される。
さらに・・・
須藤は、バイセクシャルである。
それも含め、様々な事態を予想した弥生は
「失敗したかも」と頭を抱えるのだった。
依頼した段階では、産まれてくる子が
ひょっとすると先天性の心臓疾患を
持っているかもしれないから・・とだけ伝えた。
すると、須藤は「どっちの遺伝だ?」とか
「旦那のカルテも見たい」などを要求してきた。
当然の成り行きである。
弥生は須藤を信頼していたから
雛子が産もうとしている子が夫の子でないこと
それを夫も含め、親族が了承していることを伝えた。
「?浮気相手の子ってことか?」
「いや、微妙に違います」
「わざわざ体外受精までして、か?」
「はい」
「時間も金もかかるのに、どいう状況だよ、それ・・」
弥生は、もう隠しようもないと腹をくくった。
「実は、父親はうちの渡会教授の患者で・・」
と、雅哉のことと雛子や拓也との関係性を語った。
須藤はうぅーんと唸り、何か考え込んでいたが
暫くして、前のめりになり、口を開いた。
「また、お前の妹は思い切ったことしたもんだなぁ」
「・・はい、私もちょっと驚きましたし
父親の雅哉くんがEDだったんで苦労しました」
「心臓疾患持ちで、EDかぁ・・。そりゃなぁ」
「私、亡くなる間際にお礼言われちゃって
もう使命感でいっぱいなんですわ・・・」
「分かった、引き受けるよ。任せな」
「ありがとうございますっ!」
あれから一か月・・・
弥生と須藤は、連れだって産婦人科病棟に向かっている。
エレベーターを待っていると須藤が唐突に言った。
「俺さ、お前の妹に会ったことあるわ」
「え?いつですか?」
「インターンの時かな?」
「へぇー」
「昨日、かな?チラッと様子見に行って
顔を見て思い出したよ。お前の妹美人さんだろ?
一階の会計の所でさ、スゴイ目立ってたんだよな」
「雛子、病気したことないですけど・・」
「あぁ、お母さんと一緒だったような・・」
「あぁ、婦人科検診の時ですね、それ
妹が・・高校生位の時・・ですかね」
「あぁ、それにチョー美人な男子も一緒だったなぁ。
ちょっと茶色の癖っ毛でさぁ、可愛かったなぁ」
「先輩、男子を美人さんっていう癖
直さないと、バイだってばれますよ・・」
「あ、そっかぁー、長身で色白でさぁ・・」
「それ、雅哉くんかもです・・」
「えっ?」
弥生は白衣のポケットから携帯を取り出し
電源を入れ、写真データの中から
雅哉の写真を探し、須藤に見せた。
「あっ!この子この子!
え?この子が父親??」
「はい、去年亡くなりましたけど・・」
「あぁ、そうか・・・残念だね」
「はい、いい子でしたよ、凄く。
拓也に一途で、可愛かったんですよ・・」
「拓也って、妹の旦那?」
「はい、拓也も好い男ですよ」
「ふぅぅん・・・」
エレベーターが病棟階に到着し、2人は降りた。
病室に行くと、ベッドの周りには大勢の見舞客がいた。
ホントに「ワンサカ」だな・・
弥生は、須藤を「優秀な小児科医だよ」と紹介した。
傍にいた看護師に「どう?」と状態を確認した弥生は
雛子に「大丈夫だ」と声をかけ、お腹を触診する。
須藤は、何気ないふりをして家族を見回した。
弥生の家族は直ぐに分かった。両親と色っぽい姉・・。
もう一組の夫婦は、多分「旦那」の両親で・・
いやはや、ダンディなお父さんだな・・
そして、もう一人の中年女性に目が行き
直ぐに「あぁこの人、父方のお母さんだ」と理解する。
さっき弥生に見せられた「雅哉」に瓜二つだからだ。
「そろそろ、陣痛室に移ろうか」弥生が言うと
「弥生ちゃん、息・・苦しい」と汗だくの雛子が言う。
「もう少しの辛抱だ、しっかり呼吸しな。
あんた、そんなじゃ雅哉くんに笑われるよ?」
「雅哉くんは、笑ったりしないっ!
ねぇ、おばさま?」
雛子が手を出すと、女性がその手を握り
「どうかなぁ?」と笑いながら言う。
女性の肩に手を置いてクスクス笑うもう一人の母。
なんか、仲いいなぁ・・
須藤は「ここだけキラキラしてるなぁ・・」と
不思議な気持ちで、一堂を見ていた。
ストレッチャーが到着し、雛子が乗り移ると
看護師がそれをゆっくり引きながら病室を出た。
「拓也、まだ?」と弥生が母に聞くと
「うん、もうすぐ来ると思う」と答える。
「立ち会うって言ってたよね?」
「うん、言ってた」
家族も病室を出たので、須藤は弥生に
「なんだか、仲いいね」と聞いてみた。
「あぁ、母と冴子さん、あっ雅哉くんのお母さんですけど
幼稚舎から高校までの同級生なんですよ」
「あぁ、どうりで・・」
「それに拓也の家族も、今日は来てないですけど
兄貴とかも、協力体制とってたんで親密になりました」
須藤は、こうなると俄然
拓也という旦那が気になり始めた。
雛子が陣痛室に入って、間もなく・・
「遅れました」と夫の拓也が走ってやってきた。
須藤は、軽く会釈をした拓也を見て固まってしまった。
拓也から目が離せない・・。
自分と同じくらい長身で、端正な顔立ちで・・
しかも、精悍なのが手に取るように分かる。
そう、須藤の「どストライク」なのである。
総毛だってしまった須藤が弥生に
「あの子が旦那さん?」と聞くと
「そうです、惚れちゃダメですよ」と言う。
拓也が、手術室に入る準備をしていると
「先輩、私たちも行きましょう」と
弥生が須藤を促した。
「先輩、見過ぎ・・」などと言うので
須藤は我に返って弥生を小突いた。
手術室での拓也は、動じることもなく
雛子に対して、どこまでも優しかった。
「拓也くん」と時々縋るように言う雛子に
「うん、大丈夫だ」と微笑みかける。
「せんせいの言うこと聞いて」とか
「俺の方見とけ」とか、しきりに囁きかけ
手を握り、汗をぬぐい、髪を梳くのを
須藤はジッと見つめていた。
あぁ、この男が男女を問わず虜にしたのか・・
雅哉という子のEDをどうやって治したんだろう・・
手術着を着た立派な医師のはずの須藤が
妄想の真っ只中にいた。
程なく、雛子の大きい唸り声と共に
「おぎゃぁ」と胎児が出て来た。
須藤は、いつもの優秀な医師の顔に戻り
「はい、こっちにおいでね」と子を受け取り
処置を施していった。
心音はキレイだ、大丈夫・・
須藤は、ホッとした。
「3580グラムの男の子ですよ」
と、須藤が両親の所に連れて行くと
まず拓也が受け取り「雅哉」と呟くから
須藤は、ちょっとギョッとした。
「雛子、ほら・・雅哉だ」
と、拓也が雛子に赤ちゃんを渡した。
「・・キレイな赤ちゃん・・」
と雛子が涙を流す。
「そうだな・・」
「雅哉・・雅哉くん、待ってたよ」
ここで、須藤は初めて子どもの名前が
父親と同じなのか、と気が付いた。
「雅哉くんに似るかな?」
「そうだな、似ると良いな」
などと話していると、弥生が近付いてきた。
「良かったね、頑張ったね。
今のところ心音もキレイだって」
「あぁ、そうですか・・弥生さんも
須藤せんせいも、皆さんありがとうございました」
拓也は、スタッフに向かって頭をさげ
手術室を後にした。
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