雅哉逝く

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雅哉逝く

「雅哉、苦しいか?」 「・・ん・・いや・・平気」 「雅哉くん・・」 「雛子、あんまり心配すんな・・体に障る・・」 「うん・・分かった」 良い時と悪い時が、五分五分から少しずつ 悪い方へと向かい始めて、一か月が過ぎた頃 雅哉は一度昏睡し、覚醒した。 主治医は「覚悟してください」と言った。 幸いにも、雅哉は予想より穏やかに日々を過ごしていた。 そんな或る日「皆を呼んで」と雅哉は冴子に懇願した。 今・・雅哉のベッドのそばには、取り囲むように 拓也・雛子・山崎・橘花・弥生・哲平と冴子がいる。 「山崎・・・」 雅哉は一人一人に語りかけている最中だ。 「ん?」 泣き虫の山崎は、到着してから ベソベソと泣き通しである。 「お前・・でかい図体して・・泣き過ぎ・・・」 「だってさぁ・・」 「写真・・ありがとな・・ってか殆どストーカー・・」 「おぅ、何て罵ってくれても良いさっ!」 「あとさ・・拓也との仲・・取り持ってくれて・・さんきゅ」 「・・んなのは・・大したことじゃないよ」 「お前・・優しいよねぇ昔っから」 「・・それだけが取り柄だよ・・どうせ」 「そのままでいてくれよな・・」 「分かった・・」 「ずっと・・おじさんになっても、だぞ?」 「分かったって・・」 「橘花姉さん・・・画ありがとう」 「いやいや、こちらこそ・・ 雅哉、あんたを描いててどれだけ心が躍ったか これ見て分かってくれると嬉しいよ」 「哲平兄ちゃん・・・・ 時々話し聞いてくれて・・ありがと」 「少しは役にたったか?」 「マジ、凄く・・俺一人っ子だから・・ 哲平兄ちゃんのこと・・大好きだった・・」 「そっか、そっか」 哲平が頭を優しく撫でると、うっとりした雅哉が 「ホントのお兄ちゃんだったら良かったな・・」と言う。 「兄貴、なに?雅哉と連絡取り合ってたの?」 驚いた拓也が聞くと「まぁな」とペロリ舌を出す哲平。 「弥生せんせ・・・」 「ん?なに?」 「僕に子どもを授けてくれて・・・ありがとう」 「私は・・特別なことはしてないよ。 仕事?の一環だからねぇ」 「嘘ばっかり・・・」 「いや、頑張ったのは、この2人だよ」 弥生が拓也と雛子の方を眩しそうに見る。 「拓也・・・」 「ん?」 「ごめん・・許してね・・・」 そう言うと、雅哉が「雛子」と呼びかける。 「なに?」と雛子が近づくと 掛け布団を半分捲って「おいで」と(いざな)う。 「え?」と躊躇の色を浮かべ拓也の方を見ると 「いけ」とばかりに拓也が顎をクイッと動かす。 拓也は「その時」が迫っていることを知る。 雛子がおずおずと雅哉の横にすべり込む。 雅哉は雛子をグッと抱きしめ「愛してるよ」と囁くと 雛子の目から大粒の波が零れる。 「雛子、無茶しちゃダメだよ?」 「・・ん・・」 「丈夫な赤ちゃん・・産むんだよ?」 「・・ん・・・」 「俺のこと、愛してる?」 「うん・・」 「じゃ、言って・・・」 「愛してるよ、もうずっと中学生の頃から・・愛してる」 「ありがと・・。拓也・・」 「なに?ってかお前、俺の嫁さん口説くなよ・・たく」 「傍に・・・」 「おぉ」 「拓也・・キス・・して」 「えぇ?・・・」と周りを見渡すと みんなが「早く」と言っているように見えた。 「仕方ないなぁ」と近寄り、雅哉の頬に手を置き 唇にチュッとキスをする。 「・・拓也の唇って・・柔かい・・ね・・・」 声が小さく小さくなっている。 雛子と拓也は、ハッと雅哉を見つめる。 「雛子・・・拓也・・の・・こと宜しく・・ね・・」 「雅哉!」 「雅哉くん!おばさま!」 慌てる様子もなく、スッと雅哉の傍まで来る冴子。 拓也が場所を空けると「ありがと」と微笑みかける。 「おかあ・・さん?・・」 「うん、まーくん何?」 「おとう・・さんに・・先に・・会うけど・・」 「うん」 「・・伝えること・・・ある?」 「そうねぇ、愛してるって言っておいてくれる?」 「分かった・・おか・・あ・・さん・・ごめん・・ね・・」 最後はもう音になっていなかった。 雛子を抱く手からフッと力が抜け 「弥生ちゃん!」と雛子が弥生を呼ぶ。 雅哉の脈と、瞳孔を確認した弥生が 雅哉の死を告げた。 雛子はワッと泣きだし、拓也は・・・ 掛け布団を剥がし、雅哉を抱き上げ 「雅哉、頑張ったな・・またな」と呟き 他の皆が呆れる程、いつまでも抱き続け 誰が何を言おうと遺体を放そうとはしなかった。
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