葬儀そして・・

1/1
前へ
/19ページ
次へ

葬儀そして・・

雅哉の葬儀は自宅で執り行われた。 ベッドに横たわった雅哉は、今にも目を開けそうで 別れに訪れた誰もが、その美しさに目を奪われた。 部屋や、階段・廊下などの至る所に 微笑んだ、怒った、悲しそうな、嬉しそうな あらゆる表情の、雅哉の写真が飾られていた。 そのどれもが今にも動き出しそうで、弔問客の涙を誘った。 特に・・・ 玄関を入って正面に飾られた3枚の写真が 見る者全てを立ち止まらせるいい写真であった。 勿論、全て山崎の撮った写真だが・・ この3枚を撮った時、いや選んだ時 山崎がどれだけ泣いたかは 誰も知らない・・。 雅哉を真ん中に、雛子と拓也が写っている。 1枚は、雛子にキスをする雅哉とそれを 「仕方ねぇなぁ」という表情で見る拓也の写真。 もう1枚は、拓也の肩に頭を預けうっとりする雅哉と 「もう!」とふくれっ面でそれを睨みつける雛子の写真。 そして、もう1枚は・・ これだけは、拓也を真ん中に 雛子と雅哉が、肩に凭れかかりながら 幸せそうに、3人で微笑んでいる写真だ。 山崎は、この写真撮影の日に「これでもか」 という位にシャッターを押したのを覚えている。 この3人が寄ると、まぁ個々のレベルも高いが 何しろ、シャッターチャンスが多すぎるのである。 「普通にな!普段通りで頼むわ」 と言ったのが間違いの元だった。 ワイワイと何やら話し出し 雛子はコロコロと表情を変えるし 3人が、抱きつくやら、キスするやらで・・。 「こりゃ、動画撮った方が良かったか?」 と山崎は後悔したが、元々山崎は 動画からピックアップ写真を作るのが嫌いだ。 だから、仕方なく連写に連写を重ねたのである。 山崎は、満足だった。 この3枚の写真に、皆が釘付けになっているから。 拓也は、ずっとブランコに乗っていた。 ギー、ギーと錆びついた金具の音が響く。 あぁ・・今日は吐かない・・よな・・。 拓也は、雅哉との幼い日々を思い出していた。 楽しかった、昔の思い出。 入学式で吐いてしまった拓也を 汚いとも臭いとも言わず 気遣ってくれた雅哉との出会い。 いつも一緒に宿題をしたこと。 雅哉の家のお手伝いさんが出してくれる おやつが、凄く美味しかったこと。 プールで雅哉の胸の傷に驚いたこと・・。 学校からの帰り道、屈んだ途端に ランドセルの中身をぶちまけて 雅哉から「ちゃんと蓋閉めないからだよ」 と、注意されたこと・・・。 このブランコに長時間乗って 吐いてしまったこと・・。 「ドリル」を「ドルリ」としか言えなくて 雅哉に何度となく注意されたこと・・。 あぁ、どんどん思い出すなぁ・・ と思い出に浸っていると、山崎がやってきた。 「拓也、黄昏れてる暇、ないぞぉ!」 「ん?あぁ・・」 「もうすぐ出棺だって」 「そっか・・」 「雅哉、キレイだなぁ」 「そだな、死に化粧してないのにな・・」 「さて、これから忙しくなるなっ! 結婚式に、雛子の出産だろ?大忙しだっ!」 「そうだな、黄昏てる暇・・なんて無いよな」 「おい、それ何だ?」 足元に置いてある大きな風呂敷包みを指さし 山崎が拓也に聞く。 「これか?・・これ日記だってさ」 「誰の?」 「雅哉の・・」 「おばさんがくれたのか?」 「うん、くれるって・・でも貰えないから 取り敢えず、貸し出してもらった」 「それ・・又貸ししてもらっても良いかなぁ」 「なに、お前も読んでみたいの?」 「うん、俺高校からのお前らしか知らないからなぁ」 「分かった、うちの家族も読みたいって言ってるし 雛子と雛子の家族もな・・だからその後で良いか?」 「勿論だ!」 「出棺だろ、そろそろ行こうぜ」 「そうだった!ほら、行こうぜ。雅哉が待ってる」 逝く少し前、2人っきりでいる時に 拓也は「泣かないでね」と雅哉に頼まれていた。 「俺に泣いて欲しくないの?」と聞くと 拓也が泣くと恐くなるから、と言う。 「恐い・・・」 「うん・・俺きっと死にたくなくて 死ぬのが恐くなっちゃう、と思うんだ」 「俺と離れるのが、そんなに恐いか?」 「だって、俺の人生ほとんど拓也だもん」 「そっかそっか、可愛いヤツだ! 分ったよ、絶対泣かないよ」 「そう言えば・・拓也が泣くのあんまり見たこと無いな」 「人前じゃ泣かない男だ」 「あっ!一回だけ見た!」 「え?い・いつ?」 「初めて会った時・・」 「初めて・・。あっ!」 「そう、入学式で緊張のあまりゲロしちゃった時」 「あぁぁ・・・もう忘れてくれ・・俺の汚点・・」 それから・・ 約束を反故にするわけにもいかず 未だに拓也は、一度も泣いていない。 この日記を読みながら、きっと俺は号泣するだろうな と、拓也は風呂敷包みを抱え、歩き出した。 フッと立ち止まり、拓也は思う・・。 そうだ、雅哉は俺の中にいる。 あんなに愛してくれたんだから 俺は、逝く時に「幸せな一生だった」 って、きっと言えるよな。 「な、雅哉・・」 拓也は、済んだ青空を見ながらそう呟いた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加