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8 生徒会編スタート?
学校を遅刻しそうになって、食パンなんかを口にくわえながら走る主人公と、相手役が曲がり角でぶつかる、というべたべたなシチュエーションは今も使われているのだろうか。目覚めがどうにも悪く、アラームを止めてしまったらしい俺──真宵はまんまと寝坊した。用意されていた朝食トーストを片手に、慌てて家を出る。
夜中降っていた雨は止んでいた。
道路は少しばかり濡れ、ところどころに水たまりが出来ている。そこに景色が映り込み、小さな青空の世界を作り出す様はまるで箱庭のようにも思えた。
箱庭。
既視感だらけの人生。
これはバッドエンドからの次なる人生なのだろうか。終わりのない乙女ゲーの世界で、俺は輪廻転生を繰り返すのか。背筋に寒いものが走ったが、今は遅刻しそうなので実際に走った方が良いだろう。
ふと思い立ち、セオリーどおりにトーストを口にくわえると、もぐもぐしながら走ってみる。いや、これめちゃくちゃ走りにくいだろ。こんな絵面どうにも非効率的ではないだろうか。無理だ、トーストを落としそうになる。しかしもうすぐ曲がり角。堪えろ。
誰か出てくるだろう。俺の記憶が確かならこれは「生徒会編」へのルート。ちょっと試してみたくなった。
──曲がった。
「っきゃ……」
「わ! あぶなっ……気を付けてくれ!」
案の定誰かと衝突した。うん知ってた。尻餅をついたまま相手を見ると、同じように地面に転んでしまったのは……生徒会長に立候補している男、桜小路。クラスは違うが同学年の、いわゆるなんでも出来る系イケメン。予想通り、これは「生徒会編」。
A「ごめんなさい……私が前を見てなかったから」
B「そっちがぶつかってきたんじゃない!」
C「いてて……」
はい選択肢。
というか俺、生徒会編をやったはずなんだがあまり詳細には覚えていない。桜小路がイケメンすぎて、なんか気に食わなかったというのもある。やり込んだのはやり込んだが、全ルートの選択肢を詳細に覚えているわけではない。
しかしバッドエンドを迎えても次のルートに行けることを確認出来ている今、俺は失敗を恐れたりしない。やけくそになって冒頭で「理論派の俺がまさかの乙女ゲー転生で生徒会長からパシリまで全ルート攻略の為に死にまくる」というタイトルを自分でつけたわけだし、これは全ルート攻略する勢いで試してやろうじゃないか。
どの選択肢がいい? しおらしいA? ツンデレっぽいB? あるいは実に無難なCか? 迷ったが、ツンデレは嫌いじゃないのでBで行ってみよう。
「そっちがぶつかってきたんじゃない!」
言葉は強いが可愛らしく、俺は桜小路に抗議の声を上げた。イケメンとしてちやほやされるのに慣れているであろう桜小路は、少しびっくりしたようにこちらを見てから、何故か気まずそうに視線を逸らした。
「……これを」
視線を逸らしたまま、桜小路はポケットから絆創膏を取り出した。なんでこっちを見ないんだろうと思って視線を下に降ろすと、スカートが派手にめくれている。
「やだっ見た!?」
「──僕は何も。膝が擦り剝けているから、これを貼って。じゃ、じゃあ」
「あっ……ほんとだ……いてて」
膝から血が出ていた。膝を怪我したのを確認しているということは、スカートの中身だってばっちり見ているんじゃないのか。俺はめくれた裾をすぐに直して立ち上がる。しかし急に立ち上がったのがいけなかったのか、ふらりと眩暈がした。
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