3 田中との距離感

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3 田中との距離感

 まだ彼氏じゃない、という意味深な言葉を聞いた田中は、俺をちらと盗み見てから本屋の奥の方を指差した。 「あっちじゃないか? 目当ての本」 「探し物なら案内するよ」  イケオジ店員は田中には構わず穏やかな視線を俺に向けたが、ここは田中ルート。店員の言葉をやんわりと断り、田中と奥へ向かう。 「ほら真宵、この辺スピーチ関係ありそう」  田中が立ち止まったコーナーには確かに、スピーチの極意だの、人心を掴むスピーチ術、といった本が並んでいた。 「あっ、届かない」 「取ってやるよ」  真宵である俺は背が低く、目線が違う。棚の上の方にすっと手を伸ばした田中は、あっさり本を手に取った。 「ありがとう、田中くん」  本を手渡される時に、田中の指が俺に触れた。可愛い女子高生・真宵の中身は俺つまり男なので、どきっとしたりはしないのだが、シナリオの流れに逆らえないのか恥ずかしそうに俯いた。きもいな。  だけどこのまま真宵を演じてみよう。どの道今の俺に、男の肉体は存在しないのだ。  男の肉体は、存在しない。  心の中でもう一度繰り返し、ひやりとした何かが背筋を這う。俺はこの田中ルートを完遂させた後、どうなるのだろうか。深く考えることは恐怖を伴ったが、それと同時に興味もあった。 「真宵?」  どうやら固まっていた俺を不思議そうに見つめる田中と目が合う。 「大丈夫?」 「う、うん。ありがと」  渡された数冊の本の中から購入する本を選んでいる時、田中の距離がふと縮まった。 「さっきさ、まだ彼氏じゃないって」 「──だって付き合ってない、から」 「期待していいって意味?」  本棚と田中に俺が挟まれる位置で、微笑まれた。なんだその無駄にイケメンでエロい顔。  ああ、これはあれだ。イベントスチル。確かこの流れではお互いドキドキが高まり、かと言って細かい展開をすっとばすわけでもなく、デート回を重ねて好感度アップの後、深い展開になる。カタルシスにも似たエロティシズムは、俺を興奮させた。あくまでプレイヤーとしてだが。  え、続けていいのかこれ。  本屋を出た後、駅へ向かう俺達はぽつぽつと言葉をかわす。田中の手が俺の手に伸びて、自然に繋がれた。  手練れか! 転生前の俺は女の子にこんな自然に手を繋ぐなんてことは出来なかった。なんなら付き合ったこともない。  だが断じて非モテではない。俺の話についてこれる相手が、いなかっただけだ! 「真宵、俺さ。……俺も生徒会立候補しようかな」  田中のぬくもりに、なんとなくどきまぎして手を動かせないでいた。なんだこれは田中にときめくわけがないだろうが。俺の恋愛対象は女で、田中は男だ。これもシナリオの強制力なのだろうか。 「田中くんは、応援してて」  俺は微笑んで、やり過ごした。
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