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5 田中×千葉×真宵=三角関係?
昇降口で話している田中と千葉の会話を、俺は物陰に潜んで盗み聞く。何をこそこそとしているんだろうとは思うが、周囲は俺に余計な茶々を入れてはこない。モブキャラに重要な科白など用意されていないのだ。
……そう考えて、俺はふと虚しくなる。
俯いて自分の体に視線を落とし、そっと触れてみる。柔らかな女子高生の肌。ゲームをしていた時にはそれほどリアルに感じることもなかったこの体は、生きている次元が違うのか、今はひどくリアルに思えた。
俺は女子高生の真宵の生をなぞっている。
「千葉……生徒会に立候補するって本当か」
田中はいつになく真剣な声で、千葉に向かって問いかけた。聞かれた千葉は真面目そうな黒髪眼鏡のイケメンで、涼しげに笑みを浮かべ眼鏡をくいっと持ち上げる。頭に来るキザな仕草だ。
「ああ……そうだ。僕は優秀だからな。あんな女より僕の方が生徒会には向いている」
あんな女だと。
かちんと来たが、ここは我慢して状況を伺う。田中も思うところがあったらしく、千葉の制服の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「真宵は俺の彼女だ。悪口は許さない」
「──田中」
制服を掴んだ手を握り返し、千葉は急に悲しそうな表情を浮かべた。
「知らないのか、あの女は……」
聞こえない。
田中の耳元で囁かれた言葉は俺にまでは届かない。何を言ったのだ。何かを言われた田中は困惑したように沈黙した。状況が見えないのが苛立たしい。理論派の俺としては状況を正確に把握しておきたいところだ。
「田中くんっ♡」
二人のやり取りなど知らぬふうに、物陰から自然に出てきて可愛らしい声を上げた俺に、田中と千葉が振り向いた。なんだか空気が硬いがこの際無視だ。俺は田中の腕に自分の腕を絡ませ、不自然にならないように胸を押し付けてみる。むにゅりと歪んだ柔らかい質感に、田中の意識がこちらに釘付けになる。実にチョロい。
「二人で何話してたの?」
「真宵さんには関係ない」
「千葉くんて……意地悪だね。田中くん、行こ?」
冷たく言い放った千葉は、もしかしたら真宵に敵意を抱いているのだろうか? だとしたら何故? 俺は仮説を立ててみる。
①生徒会という椅子取りゲームの敵として見られている。必然的に冷たく当たっている。
②真宵のことが好きで、田中との仲を嫉妬しているが、素直じゃないので冷たく当たっている。
③田中のことが好きで、真宵のことが邪魔。素直に冷たく当たっている。え、あるかこれ?
「待て」
千葉が去ろうとする俺達を引き留めた。その手が伸びて、突然俺は壁に向かって軽く押された。これはいわゆる壁ドンという奴か。昔「壁ドン」と言ったら隣の部屋に「やかましい」等の感情をぶつけるためのネガティブな意味合いを持っていたと思うのだが、言葉というのは時代と共に変化するものだ。いや、そんなことはどうでもいい。
「僕はきみの正体を知っているぞ」
どきりとした。
正体ってなんだよ。中身が男ということについてか?
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