幻のバナナクレープと染井吉野の夕暮れ

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「旦那さんは? 今日は休みじゃないの?」 ヒールを鳴らして歩きながら穂香に訊ねた。穂香のスカートの裾が視界の下のほうでひらひら揺れる。 「休みだよお。さっきまで一緒に式場さいだったよ」 「いいの? 式前日なのに別行動で」 「えーっ、全然いいよお。だって毎日一緒にいるんだ? 自由時間ほしいべ、あっちも」 あっけらかんと笑う穂香。見た目に反してサバサバしたところがあるのだ。釣られて笑いながら、私はコインロッカーにスーツケースを押し込む。 穂香から結婚式の招待状が届いたのは一年以上も前だった。 当初は昨年の三月に予定していた披露宴が、感染症の流行によって延期を余儀なくされたのだ。 秋頃になって再び連絡があった。友人を招いての披露宴を予定していたが、親族のみの小規模なものに変更しようと思う、と。 「でも、もし咲紀さえよかったら……咲紀にだけは見でほしいな、って、私は思ってるんだけど……どうかなあ」 電話でそう言われたとき、少し悩みはしたものの、私は「ぜひ行きたい」と答えた。 関東から移動することに躊躇もあったが、極力外出を控え、マスクはもちろん除菌シート等も持参してきた。実家には帰らないことにして駅前のホテルを予約した。「新年度早々に」と上司から嫌味を言われつつ、三日前から有給をとって自宅のアパートに引きこもっていた。 そうして最大限の対策をして迎える、ついに明日だ。 穂香自身、予定通り開催できるか不安があったようで。今日はむしろ緊張から解き放たれたような顔をしている。 「やっぱりエステとか行ったの?」 「行ったよお。んでも一番お手頃なコースで済ましちゃった」 横目で見る穂香は、そうは言っても髪はつやつや、爪もきらきら。きっとウエディングドレスが世界一似合うだろう。 旦那さんにはまだ会ったことがないが、こんなに可愛らしい奥さんと式を挙げるというのは、いったいどんな気分なんだろうか。うまくイメージできなかった。
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