1166人が本棚に入れています
本棚に追加
/480ページ
林は彼の話を遮らないようにそっとドアを閉めた。
「今から篠崎さんの電話に出るの禁止」
言うと彼は楽しそうに事務所のメンバーを見回した。
「これ、マネージャー命令な?」
その下から上に嘗め上げるような色っぽい目つきに、自分にだけに送られた視線じゃないのに、体がゾクッと反応した。
(―――この人が俺の恋人なんて―――)
林は長靴を脱ぎながら、明らかに何か企んでいる紫雨の顔を盗み見た。
(いまだに信じられない……)
林は長靴を下足箱にしまうと、目を合わさないように自分の席に着いた。
「―――おお、お疲れ」
隣の席の紫雨がこちらを見つめる。
「お疲れ様です」
言いながら鞄をデスク脇にかけると、紫雨は足を組んでこちらを睨んだ。
ついに言われるだろうか。
林は起動したばかりのパソコンに浮かび上がる赤い文字を横目で見ながら覚悟を決めた。
「……ときに林―――」
(来た……)
ペナルティはこれで3回目だ。そろそろお咎めが来るのはわかっていた。
「お前さ」
「……はい」
緊張しながら膝を閉じて紫雨の方を向いた。
「腹減らない?」
「――――は?」
林は思わず壁時計を見上げた。
「昼にはまだ早いと思いますけど」
「だよな。でも小腹が減った。そうだろ?」
言うと紫雨は胸ポケットからモノグラムの長財布を出した。
「駐車場の脇にあるたこ焼き屋で、そうだな…。6個入りを3つ買ってきて」
「え……」
「はい、ダッシュダッシュ!」
言われて思わず立ち上がると、紫雨から渡されたモノグラムの財布を持って、林は走り出した。
「――――」
今日もペナルティのことについては、紫雨の口からは何もなかった。
(あの人、俺のこと、どうでもいいのかな)
営業マンとしての自分に、上司である紫雨が大して期待してくれていないのはわかっていた。
それでも―――。
(少しくらい気にしてくれても………)
林は歩きながら自分の両頬を叩いた。
(………何を甘えてるんだ、俺は―――)
自分に気合を入れ直すために目を開け放つと、換気扇から白い湯気を放っているたこ焼き屋に向けて、林は走り出した。
最初のコメントを投稿しよう!