(続)それでもいいから…【season④】

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「住宅の営業なんて、誰にでもできる職業じゃないんですよ?その指標となるのが、6か月以内に3棟という成績なんですよ。それが達成できない営業は向いていないということです』 林がその言葉を聞いたのは偶然だった。 現場周りと、展示場のポップに使う吹き出しカードを買いに出て、帰ってきたとき、偶然換気のために開けた窓から、紫雨の声が聞こえてきた。 「無慈悲?どうしてですか?向いていない仕事を、売れなくて給料も上がらないのに、朝から夜中まで拘束されるこの職種を、続けていく方が俺は残酷だと思いますけどね」 紫雨の声が尚も続く。 『上司の俺から見てあいつは、何が何でも決めてやるという情熱もなければ、他社に負けてたまるかという闘志もない。新谷のように客を幸せにしたいという信念もない。俺や篠崎さんのように奨学金で大学を出て、何が何でも稼いでやるというハングリー精神もない。飯川や若草のようなつまらないプライドさえない。 彼は住宅営業に向いてません』 自分のことを言われているのはすぐに分かった。 マネージャーである彼の言葉に対して誰も相槌を打たないところを見ると、どうやら彼は電話をしているらしい。 (……敬語使ってる。どうせ篠崎さんだろうな) 思いながら展示場脇の砂利道を抜け、長靴についた雪混じりの泥を軽く立水栓で流した。 篠崎は何を言ったのだろう。 「林のペナルティーをどうにかしろよ」 などとアドバイスをしようとしたのか。 事務所のドアを開けた瞬間、紫雨が叫んだ。 「はい、注目~!」
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