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アルファの世界の複雑さ。 性差が表れ始める中学校という狭い世界の中では、まだそれほどの格差は生まれないだろう。でも稀に、葵くんの様に早くから顕著に力が現れる者もいる。 アルファであること自体数は少ないはずなのに、その中でも強い力。 確かに僕がいなくてもアルファとして二人は微妙な関係になったかもしれない。でも、葵くんがこの学校に来たのも、こんなに早く成長したのも、僕が原因だ。 やっぱり、僕のせいなんじゃないかな・・・。 「気にするな。たとえ奏が原因だとしても、人は好きな相手のために頑張らなきゃいけない時があるんだよ。お前らだって頑張ったろ?」 そう言って湊を撫でた。 そうだね。頑張ったから、こうして湊を抱っこ出来るんだ。 「京兄は頑張ったことあるの?」 「俺はまだないよ」 ないの? 「でも、これから近々頑張る予定」 その言葉に、ちょっとびっくり。 近々? 「ま、いい報告が出来るようになったら言うさ」 「うん。待ってる」 京兄にも頑張る相手がいたのか。 なんかうれしい。 いい報告、来るといいな。 「まあ俺のことは置いといて、お前はもう一度頑張らないとな」 そう言って、僕の腕から湊を抱き上げた。 「・・・僕、去年いっぱい頑張ったのに」 「今回は八木先生のために頑張れ」 ううう。 八木くんはそういう意味では好きな相手ではないけど、友だちとしては好きだ。だから頑張るけど・・・。 出来れば逃げたいよ。 好意を持ってくれてる相手を断るのって大変。 モテる人はいつもこんなことしてるの? そう思って思わずため息をついたその時、チャイムが鳴った。そして途端にざわめき始める校内。 「葵くんはここに来るんだろ?いいのか?ここで」 「うん。ここにいてもらいたい」 ここからはあの桜が見える。さすがに声までは聞こえないけど。葵くんには見ててもらいたいんだ。僕たちのやり取りを。 「京兄もいつもここから見てるの?」 隣の保健室からも桜は見える。 毎年あの桜の木の下で行われる告白大会を、養護の先生はそっと見守り、残念ながら実らなかった恋の話を聞いてあげるのだ。 「隣ほどじゃないけどな、ここにも生徒は来るから」 すでに第二性が確定している子は京兄の方に来るのかもしれない。 そんなことを思っていたら、ノックと共にドアが開いた。 葵くんだ。 「お疲れ様」 「すみません。待ちましたか?」 「僕が早く来たの。京兄と話したかったから」 さて、葵くんも来たしそろそろ行きますか。 僕は立ち上がって気合を入れる。でもその前に・・・。 僕は葵くんの手を握っておでこにあてた。 本当はぎゅっとハグして欲しいけど、葵くんの香りが付くと八木くんが萎縮しちゃうかもしれないから、これでがまん。 「いってきます」 「いってらっしゃい」 僕は医務室を出て、桜の木の下へと向かった。 八木くんはまだ来ていなかった。 僕は桜の幹に手をあてて、8年前を思い出す。 この桜は花をつけている間は結構賑やかだけど、花も終わって葉っぱになると、途端に人気もなくなってひっそりとする。 でも僕は、逆にこの時の方が好きだ。 青い空に新緑の葉が映えて、とても綺麗なのだ。おまけに人気がないのもいい。 やっぱりオメガだから、人混みは警戒してしまうからね。
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