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あの時も誰もいないと思って行ったのに、先客がいたんだ。 一目でアルファと分かった。 だからそのまま通り過ぎようと思ったんだけど、何だか出来なかった。だって、泣いてるような気がしたから。 だから僕は、足を止めて声をかけた。 実際は泣いてなんていなかったんだけど、見えない心の中ではやっぱり涙を流していると思ったんだ。 何があったらこんなに悲しくなるんだろう? みんなが憧れるアルファなのに、何がそんなに悲しいの?と思いながら、アルファが、みんながみんな幸せでは無いのかも、とも思った。 オメガだと判定された子が悩むのはよく聞くけど、僕は全く悩まなかった。 アルファは幸せ、オメガは不幸。 世の中にはそんな構図が蔓延ってるけど、僕は不幸と思わないし、この子は幸せと思っていない。 みんな第二性に囚われすぎなんだよね。この子もきっと、アルファという性に囚われている。 それから解放されたら、少しは楽になるのに・・・。 そう思いながら、その子としばらく話をした。 あの時のあの時間は、少しは役に立ったのだろうか? と、8年前に思いを馳せていると、後ろから近づく足音。 「あの時オレ、学校を辞めようかと思ってたんだ」 八木くんは僕の隣に来ると一緒に桜を見上げた。 「中2でアルファ判定がされた時、友だちはみんなベータだったんだ。でもみんな良い奴で、以前と変わらずオレと付き合ってくれた。受験もさ、オレに合わせてみんな頑張ってくれて、同じここ受けてくれたんだよ。でもその頃からオレ、自分の性に疑問を持っていたんだ。オレは本当にアルファなのか?て」 視線を葉から幹に移して、そっと撫でた。 「オレはベータの両親から生まれたアルファで、それはもう、親の期待は半端なかった。親も友だちもアルファのオレにすごく期待してて、出来て当たり前だと言う目で見て、志望校も当たり前のようにここに決められて・・・。でもさ、オレにはそれに応えられるだけの力がないって薄々感じてたんだ。・・・アルファなのに、オレにはその力も自信もなかった」 僕はそれを黙って聞いていた。 アルファへの期待。 アルファだから頭がいい。 アルファだから容姿がいい。 アルファだから、何でもできる。 みんながみんな、そんなスーパーマンみたいな訳では無いのに、世間は、アルファはみんなそういうものだと思っている。 「もう、いっぱいいっぱいだったんだ。ここの受験も死に物狂いで必死に頑張った。・・・頑張ったんだ。だけど、オレが受かったのは普通コースだった」 アルファだったら特進が当たり前。 実際、アルファはみんな特進コースに受かっている。 「普通コースにアルファはオレだけだった。しかも、一緒に受けたベータの友だちは・・・みんな特進に受かったんだよ。笑えるだろ?」 今の時代、第二性を大っぴらにはしない。女性に年齢を訊くのが失礼なように、相手の性を訊くのはあまり良しとはされていなかった。だから学校側もクラス編成に必要だから申告はするけど、それを公にはしていなかった。だからみんな、誰がアルファで誰がオメガかなんて分からないはず、なのだ。アルファとオメガを除いては・・・。 大半を占めるベータは他人の性が分からない。だけど、アルファとオメガには分かる。この二性はお互いにフェロモンを嗅ぎ分けるから。だからそのフェロモンの香りで他人の性を知ることが出来るのだ。
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