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だからと言ってそれを吹聴する生徒もいないので、八木くんは自分で他の生徒の性を知ったんだろう。 「この学校のアルファはみんな特進で、おまけにベータも沢山いた。その中にオレの友だちもいてさ・・・。いたたまれなかったよ。ベータの友だちはみんな特進なのに、アルファのオレだけ普通だ。その通知を受け取った時の親と友だちの顔は今も忘れられない。親は別に責めたりしなかったけど、明らかに落胆してたし、友だちもまさかの展開に顔が引き攣ってた」 その時のことを思い出したのか、八木くんの表情が辛そうに歪んだ。 誰が悪い訳では無いけれど、きっとみんなが辛い思いをしたんだろう。 「それでも入ってみたらオレみたいなアルファがいるかもしれない、と思ったんだけど、見事にいなくて・・・。もう限界だったんだ」 きっと、当時の八木くんはここにいるだけで辛かったんだろうね。 誰も何も言わないけれど、自分で自分を責めてしまったんだろう。ただアルファだと言うだけで。 「G.Wに入ったら、オレ、その後学校に来れる自信がなくてさ」 実際、G.W明けに学校に来れない子は多い。毎日行っていたことで張っていた精神の糸が、長い休みで緩んでしまうのだろう。中には切れてしまう子もいたと思う。 「だから、最後に桜の木にお別れを言いに来てたんだよ。この桜だけ仲間外れのようにここにあってさ、オレみたいだと思ってたから。なんか親近感があったんだよね。・・・そしたら、橘が来た」 泣いてると、思ったんだ。本当はアルファに近づいちゃいけないんだけど、何となくほっとけなかった。 「オレはオメガと会ったこと無かったから、橘がオメガだって気づかなかったよ。甘い匂いがするな、とは思ったけど。あの匂いがオメガのフェロモンだって、実はずっと後に知ったんだ。その甘い匂いともう一つ、毛を逆撫でするようなピリピリする匂いがアルファのマーキングだってことも」 その言葉に僕は苦笑いする。マーキングされてたって、本当だったんだ・・・。 「もし最初から分かってたら、あんなに橘と話せなかったな。マーキングされたオメガに近づくなんて自殺行為もいいとこだからね。でも、あの時話せたから、今オレはここにいられるんだ」 あの時もこうして、桜の木を見ながら肩を並べてたね。 「オレは、橘はベータだと思ってて、ベータは気楽でいいな、て心の中で皮肉ってたんだ。どうせ今日で学校辞めちゃうし、どんな風に思われてもいいや、てオレ、あの時橘にすごく嫌な態度とってたよな」 確かに、あの時の八木くんは結構嫌な奴だった。でも心の涙が見え隠れしていて、僕は怒る気になれなかった。 「オレすごく卑屈でさ、嫌味たらしかったのに、橘はふわふわと笑ってて、最後に言ったんだ。『すごいね』て。何がすごいのか、オレの話のどこにすごい要素があったのか、そもそもオレ、自分の話なんてしてなかったのに。なのに、橘は『君、外進生でしょ?ここ入るの大変だって聞いたよ。ここにいるってことは、いっぱい勉強したんだよね?そしてちゃんとその目標を達成したんだから、すごいことでしょ?』て笑ったんだ」 僕は内進生だったから、本当にすごいと思ったんだよね。高校は、中学よりもずっと偏差値が高い上に、結構人気校で倍率が高いのだ。 「その時気づいたんだ。ここに受かってからオレ、誰にもほめられてなかったって。合格したのに」
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