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普通コースだって、K大附属に変わりない。なのに誰にもほめられなかったなんて・・・。 僕は湊を妊娠した時を思い出した。 あの時・・・妊娠がわかった時、その父親が分からなかったためにみんなこの後どうするかの方に気を取られて、折角授かった子どものことを失念してしまってた。僕は自分の不注意でなってしまったその状況に、みんなを悲しませたと思ってただただ申し訳なく思っていて、まるで犯罪を犯してしまったような気さえしていた。だから、たとえ一日遅れたとしても、みんなからおめでとうと言ってもらえた時、涙が出るほどうれしかったんだ。どんな形であれ、子どもを授かった事はおめでたいこと。喜んでいい事なんだって。決して悪いことをした訳じゃないんだって、言ってもらえた気がした。 八木くんも、きっとおめでとうを言ってもらえてたら、もっと気持ちが楽だったと思う。 「その時オレ、初めて努力を認められたような気がしたんだ。アルファだけど、これがオレの精一杯。だけど、精一杯やったから今ここに立つことが出来たんだ。・・・そう思ったら、少し楽になったんだ。他人が見るアルファのオレなんて関係ない。オレはオレなんだって」 そう言うと、八木くんは僕の方に向いた。 「橘。オレ、その時からずっと橘が好きだったんだ。橘を知れば知るほど、どんどんその存在が大きくなって、本当は友だちじゃなくて、もっと近い関係になりたかった。だけど、告白するにはオレはあまりにも橘に劣っていて・・・。勉強も考え方も、何もかもオレは橘に勝てるとこがなくて、そんな状態で告白することなんてできなかったんだ。橘はそんなこと気にしないの知ってたけど、それはオレの譲れないプライドだった。でもそんなこと思ってたら、友だちのまま学生時代が終わろうとしていた」 八木くんはじっと僕を見つめたまま、いったん言葉を切った。 「せめていい会社に就職して、立派に自分の足で立てるようになったら橘に告白しようと思ったんだ。そのために卒業研究も頑張って、その努力を認められて一流企業に内定をもらった。これで橘にやっと告白できる、そう思ったんだ。だけど、入社前研修であっさり、オレは挫折してしまった。卒研発表の準備と研修が重なって、オレは身体を壊してしまったんだ。普通、アルファだったら簡単に両立してやれることなのに、オレには無理だった。アルファの要素も多分に含んだ内定はその時取り消しになって、オレはしばらく入院することになった」 卒研発表の前は、すでに研究を終えた結果を論文に起こす作業なので、あまり大学には来ず、家でのデスクワークが中心だった。だから、僕は八木くんのそんな事情を知らなかった。ただ身体を壊して入院したとしか、聞いてなかった。 「卒研発表には間に合ったけど、橘に告白することは出来なかった。就職も決まってないのにするなんて、自分で許せなかったんだ。だから、ちゃんと橘に誇れるような職に就くまで、連絡も取るのをやめようと決めたんだ」 卒業式の後、僕たちは普通に別れた。また明日ね、みたいな感覚で。でももう、明日はないのに、僕はそんなことに気づきもしないで普通に別れ、そして普通に新生活を送り始めた。その時の八木くんの気持ちも知らずに・・・。
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