一揆の果てに

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 親子の農夫の話も一段落し、時折鳴く鳥の声の他には静けさを保っていた。そんな山裾から続く坂道の上手の曲がり角辺りで、急にガサガサと笹の葉を分ける音が聞こえて来た。 「おっ、これは宗兵衛さん。お早うございます」  農夫の親がどぎまぎして、声を掛けた。 「源蔵はんかいね」  宗兵衛は鷹揚に答えた。 「何か山で御用どしたか」 「そうよな。さきほど話があった笹の花と凶兆の前触れのことよ」 「えー、お聞きどしたか。これは大変申し訳ないことで、この息子に教えておったところどした」 「私も亡くなった祖父からそんな話を、何度も聞かされておるので気にされることは無い。それよりも笹の花であって、この峠の上まで至る所でひらいておる」 「やはり、そうどしたか。そんなら、これから何かことが起きひんかったら宜しおますんやが」 「その通りよ」  しかし、その後、宗兵衛や源蔵が心配したことが、次々と現実になって来た。梅雨が始まり、何時まで続くのかと思い悩むほどの長雨があり、あの年と同じ日照りの少ない夏となった。そこに、ぼちぼちと飛来して来たのがウンカであった。  宗兵衛は、その走りを見た時、直ちに村人を屋敷に呼び集めた。 「皆も既に見たかも知れんが、ウンカがこの村に入って来寄った。ただでさえ、先の長雨とこの所の日照りの少なさで稲穂の育ちが悪い上に、ウンカに食いつくされれば壊滅の恐れもある。直ぐにでも虫追いの手立てをしなければならぬ」 「宗兵衛さん、それはどないなことをやりますんで」  本百姓の弥太郎が、間髪を容れず問い掛けて来た。 「かつて、このような虫に完璧な効き目がある手立ては、幾人の古老に聞いても確かなことは判らぬ」 「ならば、どうされますんや」 「城下の薬師に聞いたことがあるが、蚊遣りには杉の葉や松葉を使うと言う」 「そりゃ、どう使うので」 「燻すことじゃ」 「葉を燻して煙を立てるので」 「上手くいくかどうか判らぬが、やれることをやるだけじゃ。ただ風向きと風の強さ、それに燻す所をうまく設えるかじゃ。馬鹿なことと笑われるかも知れんが、火事と間違われても困るので隣村へは知らせておく」 「なるほど、よう判りました。皆様方、宗兵衛さんの仰る通り、何か手を打たなければ村が破綻するかも知れまへん。何にも増して力を合わせてやりましょやないか」  弥太郎の声掛けで、皆が立ち上がり杉の葉や松葉、それに焚き木を集めるために多くの人々が山へ向かった。  一刻(二時間)ほどで焚き木と杉や松、檜などの葉を携えた最初の人達が戻って来た。宗兵衛は弥太郎と話し合っていた村の西端の田圃へ連れ立って行った。それは、この時期に多い西風に乗せて煙を田圃へ棚引かせるためである。少し広まった畦に枯葉を敷き、持ち運んで来た熾火で火を点けた。団扇で風を送ると直ぐに燃え上がり、そこに焚き木をくべると燃え移っている。焚き木を追加してしばらく待ち、燃え盛った所へ杉や松、檜などの葉を被せるように乗せた。朦々と立ち上がる煙が西風に乗って、田圃の稲の上を漂って行く。宗兵衛は近くにある出始めた稲穂に付いていたウンカに団扇で煙を送ると、効果があるか否か判らないが逃げ惑うウンカを見ていた。 「これは何がしかの役に立つかも知れんな」  隣で見ていた弥太郎も、頷いた。次々と山から戻って来た他の農夫も燻しのやり方を確認すると、それぞれの田圃で煙を立て始めている。山間に広がる田圃が、やがて靄に覆われたようにかすみ、まるで霧中へ誘われた感触を覚えていた。  この日から三日に亘り行った燻しであったが、ウンカの被害を絶つことは出来なかった。ただ収穫の時期を迎え、他の村と較べると明らかに多く取れたことには間違いなかった。それと言うのも、この享保十七年のウンカの被害は凄まじく西日本のほぼ全域で壊滅的な様相を見せ、徳川実記によると百万人近くの餓死者が出たと記されている。
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