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年が改まって食う物が少なくなった頃、源蔵が庄屋屋敷に顔を見せた。
「宗兵衛さん、いよいよこの辺りにも餓死者が出そうになっとりやす。これだけの被害におうても前の年と同じ年貢をむしり取られては、本百姓も然ることながら小作に至っては、もう食う物はおまへん。京からやって来た女衒の野郎が申すには、西国辺りでは国毎で千人、万人と餓死者が出てるようどすな。ここらも村々を回ると、ここで餓死するかそれとも金をもろおて家族を助けるか、若い女が思案しとるそうどす。こんなことになっとるのにお城の人達は、いったい何を考えてはるんか。昔から米を作っとるわしらに餓死者が出ても、お城の人に餓死者が出たなんぞ聞いたことがおまへん。わしは、この村の年寄の一人になっとります。何ぞ出来ることがおまへんやろか」
宗兵衛は、熊笹の花を見た時に聞いた源蔵の話から、一揆を仕掛けることと直ぐに感じた。しかし、それは大罪を犯すことに繋がり、かつては自らの父親が命を落としている。源蔵に聞くまでもなく、西国の国々が大変なことになっているのは、庄屋仲間から旅人や薬売り、北前船の船乗りなどの話として聞き及んでいる。そして、それぞれの村でも暴発しかねない恐れを感じているようである。
「源蔵はん、御上も此度の飢饉については人々の救済を考えておられるはずで、もう少し様子を見てはどうや」
しかし、源蔵は動いた。かつての一揆で庄兵衛の姿を見ていた源蔵は、村人を救うにはかくありたいと、息子や周りの者に話していた。その様な時、宗兵衛には話を通したと考え、もう待ってはいられない苛立ちが己を鼓舞していた。
先ずは、この村や隣村、それに下手の村から有志を募った。そこで最初にやったのは触状の起草であり、窮状を訴える内容に加えかつての一揆での体験を交え、立ち上がるべき時は今ぞとの檄文を作成した。筆頭には自らの名を書き、その後には有志の名が続き、文末には決起の代表者を集める日時と場所を書いていた。
「こんな触状を見せられては、立ち上がることを拒む訳にはいかんな」
宗兵衛は、親父のことも記されている触状を読みながら心を動かされていた。それにしてもあの時、親父は何を考え何を思って名乗り出たのか、今では判らない決死の覚悟である。
その触状で指定された日時の場所、そこはかつての大雨で決壊した土手であった。宗兵衛は、他の村の庄屋と何となく昔話をしていた時、源蔵が土手の上に現れた。
「皆様方、お集まり頂き誠に恐縮にございやす。ここはかつての一揆が始まった元いの一つとなった洪水の場所になりやす。わしはこの決壊した場所を、触状に名を記している何人かと一緒に普請に従いやした。その後には、食べ物が無くなり餓死者も増えた窮状を訴えるために一揆が始まり、わしの村の庄屋であった庄兵衛さんの尊い犠牲もおました。その一揆では嘆願の多くが叶い、それは全村の多くの人が心を一つにして動いたからに他なりやせん。わしもそこに加わり脳裡に焼け付けましてございやす。今、その時の庄屋様方は代替りやお亡くなりなり、ここには誰もおられません。わしの立ち位置は村の年寄でおますが、僭越ながらかつての一揆に関わった者として、此度の触状を送らさせてもらいやした」
集まっていた村々の庄屋達が互いに顔を見合わせている。
「どないどす。あの時の一揆に加わった人はおまへんやろ」
源蔵の声が高らかに響いた。
「今の窮状は、あの時に較べても相当に酷いもんどす。ここで立ち上がらなければ人々の命もままならん時に来とりやす。是非とも庄屋様方のお力も借りて、藩へ物申したいと考えとりやす」
「よう判かった」
下手の村の庄屋から声が掛かった。宗兵衛は周りを見ると、集まった全ての庄屋達が頷いていた。
「有難うございやす。これで全村一致した動きになりやす。ただ村によっては食い物が底を突き、葛の根や蛇、カエルなども口にしておます。その決起の日には炊き出しなどをお願い出来ればと、思っとりやす」
その数日後となる三月の始め、全村から集まった人々は二千人にもなり、城の大手門から続く通りという通りを埋め尽くしていた。源蔵を筆頭として全ての庄屋が名を連ね、年貢の減免、救い米の供出などを記した嘆願状は、既に庄屋総代から藩役所へ提出している。通りに座り込んだ人々は、納得した返事が貰えるまで退去しない決意に満ちていた。夕刻になると城内へ向かって、「米返せ」、「米返せ」の連呼が始まり、三日目の夜にはこの地鳴りのような声に音を上げる者が続出した。それに街道を止められ物の移動が叶わず商家や城中からの苦情も殺到した。そこで藩主が京から江戸へと向かって不在となっており、城代家老の独断で嘆願を認める返答を行った。
一揆の人々が退去した日の後、嘆願書の取次を行った庄屋総代は、お役辞任を城代家老へ申し出たが許されず、今後気儘不法の願いを申さば願人はもとより村中処罰を受けるとの証文を取られてしまった。加えて此度の処罰は、困窮者を救うことが第一であり百姓には行わないとの言葉を貰った。
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