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「ぼくを学校に行かせてください」
部屋の隅で棄てられたように丸くなってぼろぼろになっている子どもが言う。びしょ濡れになっているのは、勝手にトイレを使った罰として風呂の浴槽に体ごと沈めたから。
子どもはわたしがいない間にこっそりインターネットを使っている。出かけるときは回線を引き抜いて隠しているのに、子どもはそれを探し出し、インターネットを使い、わたしが帰ってくるまでに回線を同じ場所に隠している。子どもの知識も、語彙も、すべてインターネットで得ている。わたしは知っている。知っているけれど、何も言わない。
前にも同じようなことがあった。子どもがシュークリーム以外のものが食べたいと訴えてきたのだ。そのときはシュークリームさえ与えなかった。そして言ってやったのだ。
「シュークリームってフランス語でキャベツって意味らしいの。そうだ、いいことに気づいた。あんたの名前は今日からキャベツよ。よかったじゃない、名前をもらえて。あんたなんかに名前をつけるのすら勿体ないと思っていたけど、ちょうどいいのがあったわ。そうやってあんたはシュークリームだけ食べていればいいのよ」
怒り心頭だった。名前をくれてやったというのに、さらに我儘を言い出すなんて! なんて恩知らずな奴なんだろう。こんなことになるなら名前だってあげなきゃよかった。わたしの善意につけこんで、やっぱり最低な子どもだ。だけど恋人だった男の血が半分流れているからしかたがないのかもしれない。
ぷつん、と頭のなかで何かが切れる音がした。
「は、小学校? 生意気言うんじゃないわ。そんなにどこかへ行きたいなら、勝手に行けば?」
わたしは子どもを初めて玄関から外に出した。
七月第三週めの日曜日はからっと晴れたよくある夏の日で、わたしと子どもの関係が破綻するには十分すぎるほどだった。子どもを育てるというのは想像以上に困難で過酷な作業だったから。
そうしてわたしは自らが破綻するのと引き換えに、すべてを忘れることを選んだのだ。
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