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「あんたなんか産まれてこなきゃよかったのよ!」
ぼとり。階下の家から響く怒声に反応したのか、黄金色のカスタードクリームがフローリングの床に落ちた。
わたしとキャベツの視線が交差する。スローモーションで再生した動画のように、キャベツの眉毛が歪んで瞳が潤んだ。わたしは床に右人差し指を伸ばしてクリームをゆっくりと掬う。
「やっぱり愛知堂のカスタードクリームは格別ね。エクレアにかかってるチョコも絶品だけどこのクリームがなきゃ始まらない!」
わたしのあっけらかんとした態度に、キャベツが心の底から安堵したような表情になる。怒られずに済んでほっとした、という顔だ。
階下の住人はまだ悲鳴に近い怒鳴り声をあげていた。
わたしがキャベツを拾ったのは三日前。
七月第三週めの日曜日はからっと晴れたよくある夏の日で、この小さな男の子はわたしの部屋のチャイムを鳴らした。空は晴れているのに何故か全身びしょ濡れで、唇が青紫色になっていた。わなわなと震えて、ひとことも口にすることができなかった。それから手には異臭のするブランケットを握っていた。
いきなり見ず知らずの子どもを家にいれて看病するのもどうかと思ったけれど、放っとく訳にはいかず、とにかく部屋で休ませてあげたのだ。そして、他のものは受けつけなかったのに、唯一、冷蔵庫に珍しく残っていた愛知堂のシュークリームをなんとか口にした彼は、躊躇いの後こう告げた。
『ありがとうございます。ぼくは、未来からやってきた貴女の孫です』
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