欲望という名の電車

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欲望という名の電車

しょっぱなから古典で申し訳ない。「欲望という名の電車」はカラーなし、白黒、モノクロ映画です。ストーリーは、お嬢様育ちの婦人が、久しく疎遠にしていた妹夫婦を、トランクひとつで頼ってくるというありがちなお話です。 この映画のタイトル”A Streetcar Named Desire”を最初に耳にしたのは、英会話の例文でした。 上記タイトルは会話で、「いかにも、観賞し尽くされた古い映画」と揶揄されてました。つまり、テキストに載るくらい当時流行ったのでしょう。(映画の公開は、1951年)  きれいに着飾る元国語教師の姉ブランチに対して、妹ステラは庶民と結婚した平凡な主婦。妹の夫スタンレーは、義姉ブランチが故郷の農園を売り払った金の行方を疑い、彼女の悪評を耳にする。スタンレーの友人ミッチは、ブランチの色香に溺れるが、彼女の不埒な正体を知り…、というスジです。 名作映画としてテレビで観た当時の私は、若い多感な年頃でしたが、とにかく強烈な印象を植え付けられました。老いて自分が醜くなることを恐れ、狂人へと身を落とすブランチの変貌ぶりは、エロさもグロさもないのに、どんなホラー映画より心底怖かった。 ホラーでいえば。 例えば、もし怖いと思う対象が「サメ」ならば、海に近づかなければいい。 もし、「斧を振り回す夫」が恐怖ならば(シャイニング)、苦労してでも子供を連れて稼ぎ口を探せばいい。 もし万が一「狂気に満ちた異世界に飛ばされる」不運にあったとしても、神に好転を祈るくらいはできる。 でも、映画にあるような「若さの喪失に抗う」絶望は、誰の身にも絶対に起こることで逃れる術はない。ああ、なんという不滅なテーマ。 若い女性の皆さまは、映画のブランチを観て、日常に感謝しつつ人生設計のヒントを得るかもしれません? さて、プライムで久々に、もう若くはない私が映画を見返す機会に恵まれたわけですが、最初に観た当時と、印象が変化していたことに驚きました。  ブランチの印象は、ではじめから「浮くほど着飾った、胡散臭い人」。 多感な当時の私(しつこい?)は、ブランチのことを「きれいなお姉さま」とみていたのに。  妹の印象は「自主性のない、くたびれた主婦」から「夫や姉への愛情溢れた、地に足のついた人」に、変わりました。  妹の夫スタンレーは「自制の効かないDV夫」ではなく「肉体的にも逞しく狡猾さと行動力に溢れた家族思いの大黒柱」だった。  ブランチに惚れるミッチは「紳士な救世主」から「絵に描いたようなカモ」に見えて…。  何より、当時あれほど怖かった話が、どこか達観さをもって客観視できていたこと。現実には、年齢を重ねたことで、よりブランチのキャラクターに自分が近くなったはずなのに、驚きです。いえ、本当に他人事になったのでしょうか?なんたって、私はもう多感な若…(以下自粛)。 せっかくですので、ブランチのセリフから印象的だったものを抜粋します。 Woman's charm is 50% illusion. 神秘的な方が、女の魅力が増す。(直訳だと、女の魅力なんて幻想?) Yes, magic. I don't want realism, I would imagine. 現実より、魔法の世界がいい。 You know what played out is? My youth is gone out of forest. 若さを失い、枯れ果てたのよ。 Death. the opposite is desire. How could you possibly wonder. 死の反対は欲望。私は欲望を求めることで生きてきた。 映画で人から見下されていたブランチですが、彼女から学ぶことは多いです。
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