57歳のメリークリスマス

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シーンは、松山市北持田町にある分譲マンションの一室にて… アタシ・匠子(しょうこ)はこの部屋で息子・庄次(しょうじ)夫婦の家族と同居をしている57歳の未亡人… 職業は松山市道後湯の町にあるアーケード街にあるエステサロンでエステシャンのお仕事をしています。 「行ってきまーす。」 「車に気をつけて行くのよ。」 「はーい。」 ふたりの孫(男の子で、小学四年生と二年生)は、元気よく学校へ行った… 食卓にはアタシと息子夫婦がいた。 居間のテレビの画面は、朝の情報番組『めざましテレビ』が映っている。 この10月から放映開始の新ドラマのみどころが紹介されていた。 その中で、クリスマスの恋を題材にした恋愛ドラマが紹介されていた。 いいわね… アタシも… もう一度、素敵な恋をしてみたいわ… アタシがそう思った時であった。 背広姿の庄次が読みかけの愛媛新聞をひざの上に置いたあと、アタシに言うた。 「かあさん。」 「なあに?」 「話があるけど…」 庄次は、アタシに『新しい恋を始めなよ。』と言うた。 「かあさん。」 「また新しい恋を始めたらでしょ…かあさんはいいわよぉ。」 「どうして?」 「だって、恥ずかしいもん。」 「そうは言うけど…」 庄次は、テレビの電源を切ってからアタシに言うた。 「かあさん、とうさんが亡くなってもう23年になるのだよ…ぼくたちも大きくなって、自分たちのことは自分たちでやっているのだよ…気持ちも落ち着いたから、新しい恋を始めてもいいと思うけどぉ。」 嫁・ゆかりは、入れたてのカフェオレをテーブルの上に置きながらアタシに言うた。 「義母(おかあ)さま、いくつになっても新しい恋を始めることはできるわよ…恥ずかしがることはないわよ…」 「それは分かるけど、やっぱり、恥ずかしいわ…アタシ、出かけるわ…」 嫁の言葉をさえぎったアタシは、勤め先であるエステサロンへ向かった。 アタシが出発したあと、息子夫婦はこんな会話をした。 「ねえあなた。」 「んっ?」 「義母(おかあ)さまのことだけど…近くにいいひといないかなぁ。」 「そうだな…新しい恋を始めてもいいと思う…けれど、おふくろにお似合いの人が近くにいないのだよぉ…」 「そうね…」 嫁は、ひと間隔おいて息子に言うた。 「あなた、アタシの知っている人がぜひ義母(おかあ)さまとお見合いをしたいと言うひとがいると言うたのよ…そのひとを義母(おかあ)さまに紹介したいと思うけど、どうかな?」 「そうだな…でもおふくろは『恥ずかしい恥ずかしい…』と言よるし…困ったなぁ…」 さて、その頃であった。 アタシは、道後湯の町にあるエステサロンにいて開店準備をしていた。 ひと仕事を終えて一段落ついた時であった。 アタシは、従業員さんの女性とこんな会話をした。 「えーっ、匠子さん、新しい恋を始めるのですか!?」 「ちょっとぉ、そんなに大きな声を出さないでよぉ…恥ずかしいわよ…この歳で。」 「まーたそんなことを気にしてぇ…匠子さん、8人のお子さまは立派な大人に育ったのだから、新しい男の人と出会って、いっぱい甘えまくってもいいのじゃないかな?と思うけど…恥ずかしがっていたら、チャンスが逃げちゃうわよ。」 「そりゃそうだけど…それよりもあんた、早く動きなさい!!」 このあと、アタシたちはエステサロンの営業を始めた。 ご来店のお客様は、大半が30代以上の育児ママや夜のお勤めのホステスさんたちである。 『これからカレとおデートで一緒にくるりん(いよてつタカシマヤにある観覧車)に乗るのよ。』 『女子会に行く前にちょいとオシャレを…』 など… 店内で、いろんな会話が行き交いしていた… アタシも… あと30年若かったら、あのコたちのようにキラキラと輝いていたのに… アタシは、そう思って少し落ち込んだ。 そして、その日の夜のことであった。 北持田町にある分譲マンションの一室にて… 息子夫婦がアタシにお見合いを勧めたので、アタシはおどろいた。 「えーっ!!お見合いを入れたって!?ちょっとぉ、かあさん、そんな話聞いていないわよ!!」 「かあさん、そんなに言わなくてもいいじゃねえかよぉ…」 「義母さま、お茶のみ友達のひとりもいないのはさみしいと思うわよ。それに、お見合いの日取りも取れたので、先方さんも義母さまにお目にかかりたいというているのよ。」 「だけどぉ…この歳では…困るわよ、何のフリもなく強引にお見合いの日取りを決めるのは…」 息子夫婦が何の相談もなくお見合いの話を入れたので、アタシはものすごく困った。 けれど、息子夫婦の熱意に負けてお見合いを引き受けるはめになった。 アタシのお見合い相手の名前はやすのりさん…61歳の男やもめで職業は美沢町にあるダイキ(ホームセンター)に勤務… やすのりさんは、妻を亡くされてから3人の男のお子さんを男手ひとつで育てていた… 3人の息子さんたちは、自分たちでお給料を稼ぐことができるようになった。 だから、アタシにお見合いを申し込んだ。 時は流れて… 10月27日のことであった。 場所は、道後温泉街にあるふなや(旅館)にて… この日は、息子が勤務している会社の職場恋愛で知り合ったカップルさんのユイノウがあった… 息子夫婦は、カップルさんのバイシャク人を務めるので、ユイノウ式に出席した。 ユイノウ式が終わったあと、息子夫婦は別室で待っていたアタシを別の居間に案内した。 アタシのお見合いが行われる居間には、5900円のお弁当重がテーブルに置かれていた… 黒の寿の振りそで姿のアタシは、気持ちがひどくそわそわした。 「かあさん。」 「だって…」 「義母(おかあ)さま、義母(おかあ)さま…」 息子夫婦も、ひどくそわそわした。 そんなときに、やすのりさんが到着した。 「紹介するよ…やすのりさん…ホームセンター勤務の61歳…」 息子夫婦からの紹介の後、お見合いが始まった。 やすのりさんは、知人の家の挙式披露宴に出席していたので、婚礼用の背広姿でお越しになられた。 『あとはふたりで…』と言うて息子夫婦は席を外した。 しかし… ふたりきりになったとたん、アタシとやすのりさんはコチコチになった… あ~あ… このお見合いは… ダメかもしれないわ… アタシは、やすのりさんに『数日の間、時間をいただけますか?』とお願いした。 やすのりさんはアタシに『返事はいつでもかまいません。ぼくは、何日でも待つのでゼンゼン平気です。』と言うた。 どうしようかな… やすのりさんとお付き合いしようかな… アタシは、その事ばかりが頭の中をかけめぐっていたので、なかなか仕事に手がつかなかった。 お見合いから3日後のことであった。 やすのりさんは、息子夫婦にアタシと再婚を前提としたお付き合いを始めることを伝えるためにうちに来た。 この時、やすのりさんにお見合いの返事をしようと思った。 その時であった。 息子夫婦がデートのセッティングをしたことを聞いたので、アタシはビックリした。 「えーっ!!もうデートのセッティングをしたってぇ~…ちょっとぉ、かあさんはまだやすのりさんに返事をしていないのよ…」 「かあさん、ごめんよ…やすのりさんは早く会いたいと言うていたので…デートのセッティングしちゃった…」 「気持ちは分かるけど、強引すぎるわよぉ…」 「義母(おかあ)さま、一度だけでもデートをなさってからお決めになられてはどうでしょうか?」 息子夫婦の言葉に対して、アタシは『しょうがないわね…』と言う表情になった。 やすのりさんは、一刻も早くアタシとサイコンしたいと言うた。 アタシは、やすのりさんとお付き合いを始めることにした。 初デートは11月の第2水曜日に決まった。 そして、その日がやって来た。 ふたりの初デートは、松前のエミフル(フジグラン)でデートである。 いよてつ郡中線の古泉駅でやすのりさんと待ち合わせをする。 アタシは、予定よりも少し早めの時間に来てやすのりさんを待っていた。 松山市駅方面からやって来た電車が駅のプラットホームに到着した。 電車の中から、エミフルに遊びに行く若者たちや家族連れのお客様たちがたくさん降りてきた。 アタシは、クリーム色のコートにギンギツネ(えりまき)をはおっていた。 (デート着は、嫁が選んだ) デート着を着たのは、19の時以来38年ぶりかな… アタシは、ドキドキしながらやすのりさんを待っていた。 しばらくして、やすのりさんがダンディーなデート着でアタシのもとにやって来た。 「匠子さん。」 「あら、やすのりさん。」 「すみません、1便乗り過ごしてしまって。」 「いえ、アタシも今来たところですわ。」 「そうですか…それでは、行きましょうか。」 やすのりさんは、アタシの手をギュッとにぎりしめた。 (ムギュ…) この時、アタシの乳房(むね)の奥でドキドキとした気持ちが生じた。 (ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…) ああ… やすのりさんが力強く手を握りしめているので… ドキドキしちゃう… アタシは、ドキドキとした気持ちを抱えている中でやすのりさんと一緒に手をつないでエミフルのメインゲートまで歩いた。 ショッピングモールを歩いて、オシャレな店にちょっと立ち寄って、冬もののオシャレ着を試着したり、フードコートでマクドで買ったハンバーガーセットをふたりで食べながら楽しくおしゃべり… ふたりで、楽しい時間を過ごした。 ふたりは、午後3時前までエミフルの敷地内でデートを楽しんだ。 その後、ふたりはいよてつ郡中線の電車に乗って、さらに遠出した。 ところ変わって、五色姫海浜公園の海水浴場にて… 風がやや強かったので、波は荒れていた。 ふたりは、海水浴場の桟敷席に座って海をながめながらお話しをした。 「匠子さん。」 「はい。」 「今度…いつ会えますか?」 やすのりさんは、少しコチコチになった声でアタシに言うた。 「匠子さん…ぼ…ぼくの妻になってください…」 やすのりさんは、どもり気味の声でアタシにプロポーズをした。 「やすのりさん…」 「匠子さん…」 ちょっとぉ… 初デートでいきなりプロポーズだなんて… 早すぎるわよぉ… アタシは、困った表情になった。 「やすのりさん。」 「はい。」 「ごめんなさい…」 「どうしたのですか?」 「アタシ…気持ちが…まだ…ごめんなさい…」 どうしよう… アタシの心が… ひどく動揺しているわ… でも… ダメ… ダメだわ… うまく言えない… ごめんなさい… すぐには… 返事できないの… アタシの心は、さらに動揺が高まった。 夜8時頃、アタシとやすのりさんは北持田町の分譲マンションの玄関の前にいた。 「送ってくださって、ありがとうございました。今日は楽しかったわ。」 「よかった…また、お電話します。」 その後、アタシは分譲マンションの玄関に行こうといた… この時、やすのりさんは強引にアタシの身体を抱きしめた。 「やっ、やすのりさん。」 「匠子…匠子…」 「ちょっとぉ、やすのりさん…ダメよ…人が見てるわよ…ん…んぐっ…」 やすのりさんは、アタシのくちびるを押さえつけた… くっ… 苦しい… 苦しい… (ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…) この時、乳房(むね)の奥でより激しいドキドキが起こった。 やすのりさんは、より激しい力でアタシを苦しめた。 あっ… ああああ… ダメェ~… やすのりさんがスカートの上から、ヒップをさわっていた。 さわられたアタシは、声をあげた。 ビックリしてその場から離れたアタシは、やすのりさんに言うた。 「やすのりさん…やすのりさんのお気持ちはよくわかるけど…ごめんなさい…ごめんなさい…」 アタシは、やすのりさんに言うた後、分譲マンションの中にかけ込んだ。 そしてアタシは、息子夫婦が暮らしている部屋に帰ってきた。 この時、息子夫婦の一家はまだ帰宅していなかった。 アタシは、19の時を思い出した。 亡くなったダンナとの初デートで、梅津寺(ばいしんじ)の海岸で夕ぐれの海をながめながらふたりでお話をしていた時だったわ… 亡くなったダンナは、何のフリもなくアタシを強引に抱きしめて、激しいキスをした。 アタシは、亡くなったダンナに負けて結婚を承諾した。 その時と重なったので、アタシはひどく動揺した。 ごめんなさい… やすのりさんの気持ちは分かるけど… 何のフリもなく、キスをされたら… アタシ… ダメになっちゃう… それからまた3日後のことであった。 やすのりさんが、アタシにデートのお誘いの電話をかけてきた。 「もしもし…やすのりさんですか?」 「ああ、匠子さん…夜分遅くにすみません…今度のデートのことでお電話をしました…南町の方にオシャレなヨーロピアン調のレストランを見つけました…」 やすのりさんはこう言った後、日時を指定してアタシに言うた。 「匠子さんとふたりで晩ごはんを食べながら、いろんなお話がしたいのです…再婚後の生活のことや新居のことやハネムーンから…いろいろとお話がしたいのです…どうですか?」 アタシは、ボンヤリとした表情を浮かべていた。 「もしもし…匠子さん?匠子さん?」 アタシは、はっとわれに帰った。 「もしもし…」 「ごめんなさい…アタシ…」 ひどく動揺していたアタシは、やすのりさんに返事しないまま受話器を置いた。 アタシは、リビングにある冷蔵庫の中から紙パックのらくれん牛乳を取り出して、コップに注いでごくごくとのんだ。 あ~あ… アタシ… せっかくのお誘いの電話を… 返事もしないまま… 断ってしまったわ… アタシはまた、19の時を思い出した。 アタシと亡くなったダンナは、梅津寺パーク(遊園地・今は閉園して跡地公園になっている)へデートに行った。 あれは夕方ごろであった。 近くの海岸で夕日をながめながらいろんなお話をした。 アタシは、亡くなったダンナに今度いつデートしようかと言おうとした。 この時、亡くなったダンナがアタシに『帰したくない…』と言うて、力強く抱きしめた。 「匠子。」 「あっ…」 亡くなったダンナは、アタシにより激しいキスをした。 同時に、アタシのヴァージンを強引に奪った… アタシのヴァージンを奪い取ったダンナは、アタシにプロポーズした。 「オレは…女のコは…匠子しか知らないのだよ…オレの妻になってくれ…」 アタシは、亡くなったダンナの強引さに負けて、結婚を承諾した。 しかし、アタシは高校の時に付き合っていたカレシをまだ愛していた。 亡くなったダンナに、そのことを言えないまま結婚生活を始めた。 そして、38年の歳月が流れた。 アタシは… あの時… 亡くなったダンナを選んだのかなぁ… その時であった。 息子夫婦と子供たちが外出先から帰宅した。 リビングに嫁がやって来て、アタシに声をかけた。 「義母(おかあ)さま。」 「ゆかりさん。」 「どうかなされたのですか?」 「何でもないわよ。」 「さっき、やすのりさんとお会いして…」 「やめて!!」 アタシはこの時、思わず声をあげた。 「どうかなされたのですか?」 「なっ、何でもないわよ!!」 「義母(おかあ)さま、この2~3日様子がおかしいみたいよ…」 「だから!!何でもないわよ!!アタシは疲れているのよ!!ひとりにさせて!!」 アタシは、このあとお風呂場へ逃げ込んだ。 ところ変わって、お風呂にて… ひとりでお風呂に入っているアタシは、ぬるま湯につかりながらぼんやりと考えごとをしていた。 アタシは、やすのりさんと出会った直後から胸の鼓動がひどく高鳴った。 同時に、亡くなったダンナのことを思い出した。 亡くなったダンナと出会ったきっかけは、ダンナの知人からの紹介であった。 高校の時に付き合っていたカレシは、卒業後に東京の大学に進学した。 カレシと離ればなれになったので、気持ちがしくしく泣いていた… ダンナを紹介された時、アタシはダンナの魅力に引き込まれた。 そして、亡くなったダンナにヴァージンを強引に奪われた… それで、結婚を承諾した。 そのあと、アタシの胎内には長男庄次を宿した… それから38年の時を経て、やすのりさんとお見合いをして、お付き合いを始めた… どうしようかな… 再婚しようかな… いや、やめた方がいいかな… アタシは、ひどく戸惑った。 それからアタシは、仕事に手がつかなくなるほど、気持ちがひどく揺れ動いた。 アタシ… やすのりさんと再婚するのを… やめようかな… ダメ!! ダメよダメよ!! アタシは… 8人の子供たちを立派な大人に育てることだけに集中したのよ!! それなのに… アタシは… やすのりさんに恋をするなんて… ああ!! ダメよダメよ!! アタシは8人の子供たちの母親なのよ!! だから… 女には… なれない… アタシは、何度も何度も繰り返して言い聞かせた。 しかし、気持ちがバーストしそうになったので、どうすることもできなかった。 それからまた時は流れて… クリスマスイブの3日前のことであった。 息子夫婦たちは、クリスマスは衣山のパルティの中にあるシネコンで映画鑑賞をする予定である。 この時、アタシは息子夫婦から松山全日空ホテルのディナーつきのペア宿泊券をプレゼントされた。 同時に、やすのりさんとのデートの約束が入った。 そして、クリスマスイブの夜がやって来た。 ふたりは、松山全日空ホテルのレストランで、クリスマスディナーを楽しんでいた。 ワインで乾杯をしたのち、やすのりさんはアタシに言うた。 「匠子さん、今日はまず大切なお話からさせていただきます…実は…私の三男が…今日、入籍しました。」 「おめでとうございます…これでやすのりさんも、ひと安心ね。」 「はい…これをきっかけに…ぼくたちも…再婚します…匠子さん…匠子さん…ぼくの妻になって下さい…ぼくは、匠子さんのことを思うと…」 この時、アタシはワイングラスをもつ手がブルブルと震えた。 恋のボルテージが高ぶった。 「匠子さん。」 「はい。」 やすのりさんは、アタシに好きだと伝えたあと、アタシに言うた。 「匠子さん…匠子さんの気持ちを聞かせてください。」 言えないよ… こんなときに限って… やすのりさんのことが好きなことが… アタシは、やすのりさんのことが好きだと言えなかった。 それから一時間半後のことであった。 アタシとやすのりさんは、スイートルームにいた。 アタシはこの時、はおっていたギンギツネとコートを脱いで、白のブラウスとチェックのスカート姿になった。 やすのりさんは、アタシに声をかけた。 「匠子さん、匠子さんの気持ちを聞かせてください…」 アタシは、顔を真っ赤でやすのりさんに言うた。 「ごめんなさい!!アタシは8人の子供たちを大人に育てることだけしか知らないの…女になることができません…ごめんなさい!!」 アタシはこのあと、部屋を飛び出した。 そして、クリスマス色にそまっている夜の街をトボトボと歩いた… アタシは、クリスマス色にそまっている夜の街を歩き回った… 気がついたら、堀ノ内公園の広場にある大きなクリスマスツリーへやって来た。 アタシは… どうしてやすのりさんにあんなことを言ったのかなぁ… 女になれません… アタシって… アホな女ね… やすのりさんのことが好きなら好きだと言えばいいのに… アタシ… クリスマスイブの夜に… 初めて気づいた… 恋の苦しさ… 恋のよろこびを… 始めて知ったこと… やだやだ… どうしてまた… その時であった。 「匠子さん!!」 やすのりさんが全日空ホテルからアタシのことを探しに来た。 「匠子さん!!」 「やすのりさん!!」 「どうしたのですか?急に飛び出してしまったから…」 「アタシ…8人の子供たちを大人に育てることだけに生きてきたから、本当の恋なんか知らないのよ!!アタシは8人の子供たちの母親だから…女になれないの!!」 やすのりさんはこの時、今の気持ちをアタシにすべて伝えた。 ひととおりやすのりさんの話を聞いたアタシは、やすのりさんに今の気持ちをすべて伝えた。 「やすのりさん。」 「匠子…」 やすのりさんは、アタシをさんづけから呼び捨てで呼んだ。 この時、アタシの心の奥底に眠っていた女の願望が目ざめた。 そして… アタシは、やすのりさん…ううん、やすのりに抱きついた。 「好き!!…だーいすき!!…アタシ…やすのりのことが…好きなの!!」 アタシは、やすのりに好きだと打ち明けた。 「アタシ…今まで言えなかったの…どうして意地っ張りになっていたのか…自分でも分からなかった…アタシ…知らないうちに…やすのりに恋していたの…最初のデートの時、アタシを強引に抱きしめたでしょ…その時から好きになったのよ…アタシ…男の人は…やすのりしかいないの…やすのり…愛してる…好き…だーいすき…やすのり…やすのり…ねえやすのり!!」 アタシは、力のかぎりやすのりに告白した。 やすのりは、アタシを力強く抱きしめて押さえつけた。 「匠子…匠子…ぼくの匠子…ぼくだけの匠子…」 「やすのり…押さえつけて…力強くもっと押さえつけて…」 「匠子…好きだよ…大好きだよ…ぼくのそばにいてほしい…匠子…匠子…」 やすのりは、力の限りアタシを押さえつけた。 しばらく時間を置いて、やすのりはアタシにプロポーズした。 「再婚しようか?」 「うれしい…うれしいわ…」 アタシは、涙がポロポロこぼしながらやすのりに愛を求めた。 「やすのり。」 「匠子。」 「やすのり。」 「匠子。」 「やすのり…キスして…」 やすのりは、アタシを抱きしめながらフレンチキスをかわした。 その瞬間、アタシとやすのりは再婚することを決めた。 アタシは、38年ぶりに好きな人とキスをした。 アタシの人生で、もっとも最高の記念日でした。
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