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医者をめぐる冒険
また今年もこの季節がやってきたか、とエム氏は忌々しく思った。毎年春になると、彼はくしゃみが止まらなくなるのだ。そろそろ始まるだろうと思って、薬を携行していたから良かったものの、いくら家の中にいるとは言っても、発作が始まると身動きすらできない。自分で置き場所まで取りに行くのはかなり困難だ。ましてや外出先で襲われようものならば、救急車を呼ぶしか方法がなくなる。それだってエム氏の症状は特殊だから、病院に運ばれたとしても、正確な処置がなされるまで時間がかかるのだ。先ほど使った点鼻薬も、あらかじめ特別に調合してもらっているものなのである。
初めて症状が現れたのは十年以上前。いつものように書斎で仕事をしていると、立て続けにくしゃみが出た。風邪でもひいたかなと思う暇もなく、たちまちそれが止まらなくなった。しゃっくりに似ているけれども、辛さは比べ物にならない。
やむなく救急車を呼んだ。しかし診察した医者が病状を判断できないと言う。アレルギー症状ではないかと思われるが、その原因となる物質が特定できないと言うのだ。試験薬も全て試したが駄目である。
このままでは命に関わる。するとエム氏の朦朧とした頭の中に、まさかという心当たりが浮かび、震える指で紙に書いた。相手は首を傾げながらも、ようやく効き目のある処置を施してくれて、彼は何とか一命をとりとめたのだった。
六十歳を間近に控えた時だったとエム氏は記憶している。まさかそんな年齢になってから、自分に順番が回って来るなんて思いも寄らなかった。完全に他人事だと高を括っていたのである。もっとも年齢はあまり関係ないのだろう。若くしてなる人もいれば、彼よりも高齢になってからの人もいるのに違いない。いずれにしても彼にとっては同じことだ。ひたすら呪わしくて仕方ない。
キッチンタイマーが鳴った。エム氏はその音を聞くと、出動命令を受けた消防隊員みたいに、反射的に表情を引き締める。まずコンロの火を止めて、鍋の取っ手を両手で掴むと、中身をシンクへぶちまけた。そこにはボールとザルを重ねたものが置いてあって、お風呂に浸かった時みたいにお湯があふれ出し、スパゲッティが気持ちよさそうにゆらめいた。
エム氏はザルを取り上げ、鋭く振って水気を切り、バットの中に麺をあけると、それにオリーブオイルをまぶし、菜箸で油を馴染ませた。そうして用意してあったほぐした明太子を混ぜ込むと、麺の表面にまんべんなくまぶされるようかきまぜていく。出来上がったものを皿に盛り付け、仕上げに刻み海苔を振りかけた。プロさながらに手慣れた動作で、考えなくても自然に体が動いた。
だから先程くしゃみを連発したのも忘れていた。唾が麺に満遍なくまぶされている。本当に忌々しかった。
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