ダンス・ダンス・ダンス

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ダンス・ダンス・ダンス

 発作が起こったのは、エム氏が台所で料理をしている時だった。寸胴鍋になみなみと張ったお湯へ、Mサイズのスパゲッティを扇状に入れ終え、キッチンタイマーをセットした瞬間、鼻がむずがゆくなったのだ。来たなと思う間もなく、彼は思い切り息を吸い込むと、威勢のよいかけ声と共に、それを激しく吐き出したのである。   エム氏のくしゃみは途切れることがない。発作が始まったら最後、息を吸って吐く動作は、彼にとってそのままくしゃみをするのと同じことになる。頭は振り子みたいに前後へ揺れっぱなしで、眼はシャッターみたいに一秒ごとに閉じられ、鼻の穴からは蛇口を開けたみたいに鼻水が止まらず、口からは霧吹きみたいに唾が吹き出している。  ここまでひどいと、体中に負担がかかるものだ。首は炸裂弾みたいな頭を支えなければならないし、お腹は息を吐くたびに力を入れるし、足は踏ん張っていなければいけない。腕は楽にしておけば良いのかと言えばそうではなく、涙を拭いたり鼻をかんだり唾が飛ばないように防がなければならないのだ。  しかしエム氏は慌てる様子もなく、ポケットから点鼻薬を出した。容器のキャップを外し、ノズル式になった発射口を鼻腔にあてがって、左右一回ずつ噴霧する。薬液の匂いが強く肌に染みて、鼻全体の感覚が痺れたように鈍くなった。すると数分も経たないうちに、潮が引いていくみたいにくしゃみがおさまり、鼻水も蛇口を閉めたみたいに止まる。後には真っ赤に充血した眼と、喉のいがらっぽさが残るだけだった。  
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