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「ななのみち」
夜も更けた午後10時。秋風が肌を突き刺し暗色がまとう公園の茂みの奥に、一人の男と死体があった。男の手にはナイフ。死体が着ているシャツは鮮血に染まっている。
その傍で一人の少女が男を見ていた。
「誰だ」
男の低く唸るような声が響く。少女は動かない。
「見たな」
男は再び声を出す。それでも少女は動かない。
すると男はナイフを持ったまま少女に近づいた。微動だにしない少女はきっと恐怖で動けないんだろう。好都合だと考えたように男はにやりと口角を上げ、勢いよく少女に襲いかかった。
「死ね!」
男は声を上げナイフを振り下ろす。
だが違和感に気づき、男はぴたりと手を止めた。はっきり見えなくてもわかるくらいの強い視線が真正面から男を突き刺していた。
そう、少女は怯えてなどいなかった。
暗がりにナイフを持って襲いかかってくる男がいれば誰だって少しは体を震わせるはず。なのに、この少女はただ男を見つめている。気味の悪い状況に男の方が身震いしそうになった。
「殺さないの?」
固まる男を前に少女が先に口を開いた。年なりの高い声だが、か細く今にも消え入りそうな音に男は驚き目を丸くする。
「早く殺してよ。」
さっきよりも力強い声で、少女は男を催促した。男は動揺する。まるで少女は自ら死を選ぼうとしているようだ。
「私、見ちゃったんだよ?おじさんがあの人殺すところ。誰かに言いふらしてもいいの?」
スイッチが入ったように少女の口からは次々と声が溢れ出てくる。少女の目は、瞬き一つしないその目は、まるで自分を殺させるよう促しているようだった。
「...やめた。」
置き去りだった腕を下ろしてナイフを捨て、何事も無かったかのように男はその場を去ろうとした。そんな男を見て少女は焦りを見せた。
「どうして?どうしてやめちゃうの?」
少女が男の袖を掴んだ時、男はその腕を振り払って怒鳴り声を上げた。
「うるせぇクソガキ!!とっとと消え失せろ!!」
静かな公園に響き耳をつんざくほどの音だったが、それでも少女は動じなかった。
「嫌だ。おじさんが殺してくれるまで私おじさんから離れない。」
真っ直ぐな色のない目に痺れを切らし、男は逃げるように茂みを抜けた。そんな男を少女は追いかける。
まあナイフにびびらないんじゃ、怒鳴っても意味ねぇか。
男の重い溜息が一つ、闇夜に混ざった。
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