別離草

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別離草

「お母さんは、今も地獄にいるのね」  母の墓の前で跪いて祈りを捧げた後、立ち上がって膝の土を払いながらぽつりとそう呟くと、隣に立つ彼は怪訝そうな顔をした。 「どうしてそんな風に思うんだい?」 「だってほら、別離草が赤いでしょ」  墓の上に咲く掌のような形の花を指し示しながら、私はそう言葉を返す。村では昔から、別離草の花がこのような形になるのは死者が生者に別れを告げるために手を振るからだと言い伝えられている。 「なるほど、このあたりではテノヒラグサをそんな風に呼ぶのか」  彼は興味深そうにそう呟いた後、再び私に尋ねた。 「それで、この花が赤いのと君のお母さんにどういう関係が?」 「お墓に植えた別離草が咲いた時、その花が青かったらその人は天国にいるの。逆に、赤だったら地獄。だから、私のお母さんがいるのは地獄ってことになる。仕方ないよね。よりにもよって、神官様の家から泥棒したんだから」  彼は顔をしかめた。 「それはただの迷信だよ。テノヒラグサ、つまり君が言うところの別離草の花が赤くなったり青くなったりするのはただの自然現象だ。地中の成分によって花の色が変わるんだよ」 「でも、村のほとんどのお墓に植えられてる別離草の花は青いのに、悪いことをした人のお墓には本当に赤い花が咲くの」  私はそう主張したが、彼は首を左右に振った。 「このあたりでは、宝飾品に軽銀を使うだろう? そして裕福な家では、亡くなった人を埋葬する時にそうした宝飾品もいっしょに埋める。そうした長年の積み重ねで村の共同墓地の土には多くの軽銀が含まれているけど、そこへの埋葬が許されていない罪人の墓の場合はそうじゃない。花の色に違いが出るのは、たぶんそれが原因だ。さっき言った、花の色が変わる原因になる地中の成分というのは、軽銀のことだからね」  彼はそう語ったが、その話は難しくて私にはよく分からなかった。 「ともかく、お母さんのことをそんな風に考えるのはよしなさい。君のお母さんは最後まで、自分はやっていないと言っていたんだろう? だったら、せめて娘の君くらいはそれを信じてあげないと」  そう言って彼は、大きな掌で私の頭を撫でた。  そんな風にされることに、私は複雑な感情を覚える。    彼に撫でられること自体には、どちらかと言えば好ましい感情を抱いている。しかし彼がそうする時、私を子供扱いしていることが伝わってくるのが嫌なのだ。  博物学者だという彼が――私は彼に会うまで、そんな仕事があるとは知らなかったのだが――調査のため初めてこの村を訪れたのは三年前のことだったが、その時既に、私は子供と呼べるほど幼くはなかった。  しかし、それこそ本当に子供だった頃から満足に食べられなかったためか、私の体は村の同年代の人達と比べても小さかった。だから、村の大人達の誰よりも背が高い彼の目に私が子供として映ったのも、無理の無い話ではあったのだ。  彼は、私のような〝子供〟が村の外れで幼い弟と二人きりの生活をしていることに心を痛めたようだった。そしてそれ以後、調査で村を訪れた際には私の家に逗留し、宿代がわりだと言って食料を分けてくれたり猟を手伝ってくれたりするようになった。  弟は役に立とうとしてはくれるもののまだ小さくてあてにはできないし、村の人達は罪人の子である私達を疎んじて関わりを避けていたので、正直なところ、彼のおかげでずいぶんと助かった。
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