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弟の姿が見えないことに気づいたのは、夕暮れ時になってからだった。
慌てて探しまわった私は、川の中州で身動きが取れなくなっている弟を見つけた。
なぜそんなところに……と考えた私は、そこでようやく、先ほどの私達の会話を弟に聞かれていたのかもしれないということに思い至った。
けれど、今さらそんなことに気づいてももう遅い。中州は既にその大半が水へと沈み、体の小さな弟がぎりぎり立っているスペースしか残されていなかった。
普段は一番深いところでもせいぜい私の腰くらいまでしかない川で、流れも非常にゆったりとしたものなのだが、この時は単に水位が上がっているばかりではなく、流れもまたこれまでに見たことがないほど急なものになっていた。弟が中州までたどり着けたのが、むしろ奇跡に思えるほどだった。
弟を助けに行かなくては。
頭ではそう考えるものの、いざ勢いよく流れる川を目の前にすると、足が竦んで動かない。仮に川に飛び込み、無事に中州までたどり着けたとして、私の体格では弟を抱えたまま泳いでまた戻ってくることができるとは思えなかった。
誰か、大人の助けを借りなければいけない。けれど、いったい誰が私達のことなど助けてくれる?
父は早くに死に、貧しさから母は盗みに手を染めた。それも、村中の尊敬を集める神官の家からものを盗んだのだ。そんな罪人の子である私達は、村の誰からも厭われていた。助けてくれそうな人の心当たりなどなかった。
いや、それは嘘だ。一人だけ、もしかしたら、と思う人がいた。
彼だ。
けれど彼は、結局のところ、よその人間なのだ。貧しい暮らしをしている〝子供〟を憐れんで多少の施しはしてくれても、果たして自分の身を危険に晒してまで助けてくれるだろうか。
もし彼にまで、冷たく断られてしまったとしたら――
そんなことを考えていると、肩にぽん、と手が置かれた。いつの間にか、彼がすぐ傍まで来ていた。
「君は、ここで待っていなさい」
そう言うと、彼は上着を脱ぎ、躊躇う様子も見せずに川に飛び込んだ。そして、はらはらしながら私が見守る中、あっという間に中州まで泳ぎ着くと、弟を片腕に抱えながら戻ってきた。
私は腕を伸ばし、弟を岸へと引き上げた。弟はひどく怯えてこそいたが、大きな怪我などはないようで、私はそのことに安堵した。
そして、自分も岸に上がろうとしている彼に、感謝を伝えようとした。
その時だった。
上流から流れてきた木が、彼にぶつかったのは。
まだ上半身しか水から出ていなかった彼は、その衝撃で再び川へと落ちた。そしてそのまま流れる水に呑まれ、その姿はたちどころに見えなくなってしまった。声をかける間すら無かった。
私は泣きじゃくる弟を抱えながら、轟々と音をたてて流れる川を呆然と見ていることしかできなかった。
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