プラセボ

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朝目を覚ましてリビングに向かう。突然決まった休みに理恵は驚いていたようだった。ひどい症状で当然ランニングにも行けず、薬も飲まなかった。どうせ効果がない薬なのだからどうでも良いと思った。 病院の待合室で待つ時間もいつもより長く感じた。突然の予約変更で実際に待ち時間が長いこともあったのだろうが、今か今かと待ち侘びている啓治の精神状況のせいもあったであろう。 「上杉さん、上杉啓治さん。5番の診察室にどうぞ」 マイクを通した中野先生の声で名前を呼ばれる。部屋に入るなり、先生にむかって言葉をぶつけた。 「先生は私のことを騙したんですね! 新しい治療があると言って実験に参加させて私には嘘の薬を飲ませたんだ! だからこんな症状がいつまで経っても治らないんでしょう! 先生は嘘つきだ!」 椅子にも座らずに喚き立てる啓治を先生は苦い顔で見ている。 「まあまあ、上杉さんお座りください。それは勘違いってものですよ」 そう穏やかに言った。 「勘違い?」 「ええ、よく考えてみてください。なのです。これはあくまで試験ですから全員に治療を施してしまったら意味がないのです。参加者を分けて治療する群としない群に分けることで初めて効果がわかるのですよ。なんせ医者に薬をもらっただけでよくなってしまうという人もいるものですから」 「そんなこと言ったって私に嘘をついたことに変わりはないじゃないか」 「いえいえ。最初に渡した資料に詳細は書いてあったはずです」 「むむ……」そういえば最初に渡された資料は飛ばし飛ばしで読み、深くは読み込まなかった。 「それに、上杉さんはプラセボでない本当の薬を飲んでいると思います」 「え!?」 「まあそう言い切ってしまうのは少々語弊があるのですが。治験をするにあたって患者さんにはもちろん、医者にも本当の薬が使われているのか、プラセボが使われているのか分からなくなっているのです」 「……」 「当然です。最初からプラセボとわかって飲んだら治る病気も治りません。それに医者だってどうせ治らないだろうという目で見てしまいます。人間とはそういうものなのです」 「いや、だが……」 「ですけれどもね、上杉さん」 そう言って穏やかな口調ながら強い目線をこちらに向けた。 「私も医者なのです。これが試験とはいえ患者さんに病気を治してほしい。元気になってほしいと強く思っています。だから私は、プラセボではなく本当の薬をお渡ししていると思っている、いや信じているのです。ですから上杉さんもそう思って飲んでいただければ、と思います」 真っ直ぐに力強く啓治を見つめるその視線に啓治は「はい」と小さく頷くことしかできなかった。 「よかったです」 その目つきが再び柔らかさを帯びた。 「では予約をまた1ヶ月後にお取りして、その分のお薬出しておきますね」 「ありがとうございます」 啓治は処方箋と予約表とを受け取って病室を出た。
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