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瀬田誠は最近奇妙な夢を見る。夜の山道を進む夢。後ろには黒い家、周りは鬱蒼とした山林。夢は毎晩少しずつ進んでいて、黒い家は遠ざかり、闇はさらに深く誠を包む。
「そういう怖い話をここでする?」
浅見麗に半眼で睨まれた。彼女は誠の恋人だ。
二人がいるのは墓地である。確かに昼間とはいえ、こういう話には不釣り合いな場所だろう。とはいえ、誠の顔色を心配して「なにかあった?」と聞いてきたのは麗だ。
「だって…お父さんお母さんに報告するのに、誠がそんな顔じゃあ二人が心配になるかと思って」
人差し指を突き合わせて言い訳する彼女は、欲目と知りつつ可愛い。彼女のお腹に新しい命が宿っているとなればなおさらだ。
出会いは会社の合コン、付き合い三年目で麗が妊娠した。そろそろ同棲しようか相談していた矢先のできごとだ。
指輪を買って、告白して…麗が快諾してくれたから、誠は天に上るほど幸せだった。
次はお互いの親に報告しなければならない。麗の両親はすでに他界している。彼女が大学を卒業した頃、車の事故で二人共亡くなったという。あまり詳しく話を聞いたことはないが、麗を慈しんだ両親であったことは、彼女の言葉の端々からもわかった。
盆も近いから丁度いい。今日は念入りに彼女の両親の墓を掃除して、しっかり手を合わせ挨拶する予定なのだ。
「そんなに顔色悪い?」
「ちょっとね。誠の親御さんに挨拶に行くまでは、その顔を直しておいた方がいいかも」
「うちの親父は大雑把だから、気にしないと思うな」
「私が気にする」
麗がさっさと水をくんだ桶を持って行ってしまいそうだったので、慌てて桶を奪う。身重の彼女に荷物なんて持たせられない。「過保護だなぁ」と麗が笑う。
「そういえば以前、家に呼ばれる話を読んだことある。確かその話でも夢で家が出てくるの」
「家に呼ばれる?」
「そう、毎晩少しずつ家に近づいていって、最後は家の中に入っちゃうの。夢を見た人はそのまま現実からも消えてしまう」
「なら大丈夫だろ。俺の夢は、逆に家から遠ざかっているからな」
浅見家の墓の前に辿り着いて、まずは手を合わせ、掃除をする。花をかざり、線香をさして麗の両親に、彼女と彼女に宿った命の幸せを誓う。そうして十分に手を合わせてから、麗と連れ立って帰途につく。道中、墓を振り返るのも忘れない。隣の麗が、訝し気な顔をしていた。
「お墓参りのあとって、振り返らなきゃいけないんだろう?」
昔、そんな話を誰かから聞いた覚えがある。そう言うとますます麗は変な顔をした。
「逆だよ。お墓参りのあとは振り返っちゃいけないの。お墓の人がついてきちゃうから」
あれ、そうだっけ? 誠は首を傾げたけれど…まあいっか、と麗と繋いだ手をさらに強く握りしめた。
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