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雨が、降っていた。 家へと向かう鈍行列車は、のろのろと冷たい鉄の橋を渡り、田園地帯に入った。晴れていれば、あの鉄塔の向こうに雪を頂いた連山が、その黒黒とした威圧感でこちらを見下ろしているのだが、今日は灰色の空に同化してしまって、酷くぼやけて自信なさげに見える。 愛美はぼんやりと車窓の景色を眺めていた。英単語帳を手に持っているものの、もはや暗記になど励む気もなく、一瞬の家に過ぎてゆく薄ら汚れた光景を眼球の表層に映しているだけであった。 ――電池が切れたのかもしれない。不器用な自分にしては上手くやっている方だとは思ったのだが。 7時間目のLHRの時間、ざわざわとして一向に決まらない三送会の係決めに、疲れていたこともあって少し、怒鳴ってしまった。驚いて、怯えた小動物のような顔をした同級生が脳裏にチラついていまいち集中できない。 愛美がこの学校に通うことを決めた理由、それはとにかく誰も知らない土地で、それなりの学校生活を送りたかったからだ。 嫌われたくない、そのかわり好かれなくても良かった。万人受けする自分を作り上げたかった。 小学校の同級生がそのまま持ち上がりで進学する地元の公立中学校に愛美は通っていた。毎日毎日友達に囲まれて、安心感に包まれ、他人の悪意など知ることも無く幸せな生活が続いていた。けれど、ある時気がついてしまった。他人を信用し、無防備にも自分を晒すことの恐怖に。 空白のまま揺さぶられる脳みそに、あの日の言葉が響いて痛い。きっと大した文脈じゃなかったのだろう。相手にとっては冗談程度の真剣味のかけた台詞。そう信じたかった。 明かりの落ちた夜の中学校の長い廊下。ただ1つぽつりと柔らかい光をなげていた女子トイレ。通り過ぎた瞬間、ほんの刹那。予想だにしなかった、人間の声。 「……ね、マナちゃんのこと、私言うほど好きじゃないな。むしろ苦手かも」 ふふふ、と口に手を当ててにこやかに微笑む姿は間違いなく親友のそれだった。 鉄の箱を打つ雨がうるさい。軋む車輪が不安をかきたてる。 どこがいけなかったんだろうか?なにを直せば良かったんだろうか?を好いてくれていた彼女は、全て嘘の塊だったんだろうか? ――うるさい。 愛美は英単語帳を閉じて、目を瞑った。
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