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「早く帰ろう、すっかり夕方になっちゃった」 緑の廊下に橙の影が落ちる。後30分もすればすっかり暗くなってしまうだろう。 「全く酷いよね、委員会が決まった途端、春休みの課題提出なんて雑用やらせるなんてさ」 他愛もない話をしながら、階段を一段一段下っていく。こういう時の階段はいやにもの寂しく見える。踊り場の大きな鏡も、すっかり閉じられて鍵のかけられた窓も、生徒を夜の学校から締め出すための舞台装置にみえてならない。 急いで教室に戻り、鞄に荷物を詰めると、重みに少しだけ安心した。 夜のアスファルトは冷たい。 「本当にどうしようか、文化祭のポスター。私たちが書く羽目になるのかな?嫌になっちゃう、黒川さん早く学校来てくれれば良いのに。――マナ、どうかした?」 「ごめん、教室に定期忘れちゃったかも。先帰ってて!」 今日はもう、疲れてしまった。沢山の人に気を使って自分を殺し、それでも――愛美は瑠偉のように人を救うことが出来なかった。 夏希に悪意がないのは知っている、しかしその愛美の孤独を知らない無邪気さが今は無性に憎たらしかった。 一人、とりあえず教室に走る。後ろで夏希が何かを叫んでいる。――聞こえない、聞かない。 階段を駆け上がると、だいぶ落ち着いた。夏希に本気で怒鳴って嫌われる自分、それを考えるとぞっとする。 帰ろうとして、ゆらりと幽霊のように段から立ち上がった愛美の目に、明かりの漏れでる教室が映った。 この時間まで残っている生徒が? 疑問に思って覗くと、雑然とした教室のなかに一人の生徒。 撒き散らされた白紙に囲まれて、机に突っ伏して眠る彼女――石川杏(いしかわあん)はおとぎ話の、少し成長しすぎた親指姫のようにも見えた。
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