出会い

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出会い

男「犯人はこの中にいる!」 男は人々を前に声を張り上げ、それを聞いた人々は唖然とした。 それはこの中に犯人がいるからとかではなく、どこかで聞いた何番煎じかもわからないセリフをまさか自分たちも実際に聞くことになるとは思っていなかったからだ。 人々の中の一人が恐る恐る訪ねた。 「で?誰が犯人なんだ?」 それを聞いて男は不敵な笑みを浮かべた。 「わからない、だが一度このセリフを言ってみたかったんだ」 僕は思わず男の頭を叩いた。 こんなことをするために僕は警察官になったわけじゃあないのに。 僕は大きなため息を吐いた。 「何をするんだ、ワトソンくん。犯人がいるかもしれない人々の前で辱めるなんて」 男はそれでも嬉しそうにしている。 僕は再びため息をついた、そもそも僕は「ワトソンくんではない」 なぜこうなったんだ。 25××年現在、地球は2度目の氷河期を越え、近代文明は衰退の一途を辿り、僕たちはご先祖さまが作り出した文明社会を繰り返すようにまた文明を作り出し、愚かなことを繰り返して環境破壊を招かないように暮らすことになった。 各国境を目印に大規模なドーム型シェルターを建造し、国土を分割して内包した新しい国作りを行なった。 僕の暮らす国はジャパン、かつてはニホンと言われていたが外交の弱さと国民性によって一度は国民の数が減り純日本人はもはや国家の象徴一族のみになってしまった。 そのジャパンも県境ごとにドームで区切られ、かつて首都であるトウキョウを「J1」と 番号が振られて、そこから各都市の番号が振られた。 番号を振るということは無意識的にジャパン国民の住む地域に格付けを行なっているように感じられて、ドーム毎で派閥になり、各ドーム同士のいざこざを増やす結果を生んだのだが、国を運用していたギインたちは我関せずとコツコツと自らの生活を豊かにすることに力を尽くし、結果、国民の貧富の差は激しく、犯罪発生率はどんどんと上昇していくことになった。 僕は「J1」の中流階級で生まれ、そこそこの生活をして発生する犯罪を撲滅するため警察官になることに決め、ようやく今年になって念願叶った。というのに。 「ワトソンくん、ワトソンくん。どうしたそんなまるでクソくだらない話をする人間を見るような目で俺をみて」 僕「全く持ってあなたのいう通りですよ、クソくだらない話をする人間を見ています」 「おお、言うようになったね、ワトソンくん」 僕はワトソンくんではない。 僕「いい加減に僕の名前を覚えてくださいよ、僕はワトソンくんではない、というか早く犯人を見つけてください」 そう言われて男は「何言っているんだこいつは」と言う顔をした。 なぜこのような男がここに必要なのか。 そう考えるとともに「この男がここには必要である」と言う確信の両方が僕の心に去来して、ご先祖さまたちの時代に流行したと言う、かの有名なシャーロック・ホームズの話に出てくるワトソンの気持ちは正しくこんな感じだったのではないか、と言う言いようのないワトソンへの同情の気持ちを禁じ得ない。 一見このクソのような男を侮蔑して止まないが、あの初めて会ったときの衝撃がこの男への興味を持たせ、僕を虜にして止まないのも事実である。 初めて会ったのは今から一年前、僕が警察へ正式就職が決まり、その研修入職をしに行った日のことだ。 僕「おはようございます!本日から研修入職のイッサ・コバヤシです!よろしくお願いいたします!」 僕の声は本所の雑踏の中に消えた。 「おーおー元気が良いねぇ、どうも本所一等級警部のジュン・ホンダだ。早速で悪いのだがこれからミーティングを行う、お前も参加して欲しい。平気か?」 僕「はい!」 ここ「J1」での警察は前時代の階級制と現代に設定された等級制によって構成されていて。 階級は巡査からスタートし、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監となる。 そこに3段階の等級が割り振られ、一等級がその各階級の実力者となる。 僕はホンダ一等級警部について第一会議室と名札のついた部屋に入った。 部屋の中にはすでに30人ほどの屈強な体つきの男たちが並べられた椅子に座っており、僕とホンダ一等級警部は空いている1番後ろの席に座った。 ホンダ「今から各警察官の持ち回っている案件の内容のすりあわせをし、また新しい案件がある場合にはその担当を決めたりするんだよ。ま、君は今日は無理に内容を覚えなくて良いけれど、研修が終えたら君も警察官だ、早く慣れてくれよな」 そのホンダ一等級警部の言葉に僕は唾を飲み込んだ。 しばらくすると少しやつれた雰囲気の50代後半の男性が部屋に入ってきた。 その姿が見えた瞬間に屈強な男たちは反射的に立ち上がり部屋の窓が割れるほどの声で挨拶をした。 僕は思わず気圧されて一言も発せないまま硬直した。 「あー、諸君、座ってくれ、今日も朝から気合が入っていて素晴らしい。えー、では早速各報告を聞きたいところだが、まずは本日から研修入職者が数名いるので挨拶をしてもらいたい、研修入職者は前へ出てきてくれ」 その言葉に僕は立ち上がりみんなの前に出た。 研修入植者は僕の他にあと二人、短髪で見るからに好青年の長身の男、そしてもう一人は目尻がキュッと上がった凛とした雰囲気の女性だ。 「えー、研修入職者の諸君、まずはおめでとう、ここから君たちの警察官としての人生が始まる、研修とはいえ、君らは一般人から見たら警察だ、その見え方に恥じぬように行動して研鑽を積んでほしい。では、右端の君から挨拶を」 そう促されて僕は目線を上げて声を張った。 「おはようございます!!本日から研修入職のイッサ・コバヤシです!よろしくお願いいたします!」 拍手もなく、次の研修生に移る。 「おはようございます!本日からお世話になります!ヨリコ・ミウラです!」 「おはようございます!ナオト・コウチです!早く皆様のように正義に務めたいと思います!」 僕らの挨拶には興味ないのか屈強な男たちは拍手もなく僕らを品定めするように見つめている。 それもそうだ、ここは警察だ。 正義を執行する場所なんだから。 僕らは頭を一度下げてから元々座っていた場所に戻った。 「えー、では各報告を」 その言葉を待っていたように部屋の端から各人が担当している案件の報告が始まった。 僕は聞くともなく聞いていた。 「こちら容疑者はタダオ・ヨコヤマ、ヨコヤマグループの次期社長として………」 僕(すごいな、一般的なニュースでは出ないようなビッグニュースがこんなに) まるで「お客さん」のように聞いている僕はきっとここの人たちからしてもきっと「お客さん」なのだろうな。 一通り各担当の人が報告を終えるとそれぞれにさっきのやつれた雰囲気の人が一言二言助言をしていく。 僕(あの人、なんだかやつれた雰囲気だけれど、なんだか不思議な雰囲気もするな) 僕はじっとその人を見つめていた。 ホンダ「お、どうした?初日にして捜査に興味があるか?」 僕「え?あ、いや、あの人の助言がなんだか体育会系の感じじゃないのに、みんなスッと聞き入れていてなんだか不思議に思ったもので」 ホンダ「そりゃそうさ、あの人に逆らえる人はそうそういない、なんたってあの人はここ数年出てこなかった天才なんだからな」 僕「天才」 ホンダ「あの人は見た目以上に若いぜ、確か40代になるかならないかだったと記憶している。俺よりも若い、コウイチ・ヒロセ、特級警視正で見た目通りの体力的なものは得意ではないが、頭はかなりキレる、厄介なほどな」 僕はまだじっとヒロセ特級警視正を見つめていた。 そして気が付いた、あの人。 僕「誰のことも見ていない」 そう呟いた瞬間にヒロセ特級警視正と目があった。 その突然のことに僕は声も出ずに動けずにいた。 ホンダ「ん?どうした?…げ、警視正がこっち見てるな」 ホンダさんが僕の腕を掴んで立ち上がった。 そしてそのまま部屋を出ようとしたが背後から声がしてホンダさんは立ち止まった。 ヒロセ「ホンダ一等級警部、あなたは今、案件を持っていませんでしたね」 ホンダさんは聞こえるように舌打ちをすると明らかに演技したようにニコニコしながらヒロセ特級警視正に向き直った。 ホンダ「はい、今現在は案件を持ち合わせておりません。しかしご覧のように新人研修生の指導に力を入れておりまして」 ホンダ一等級警部は僕の腕を強く握ったままペコペコしてまた部屋を出ようとしている。 というか、強すぎる。 ヒロセ「待ってください。新人教育というのであれば現場に出すのも良いと思いますが、どうでしょうか?ちょうどおまかせしたい案件もありますので」 そう言ってヒロセ特級警視正は薄く茶色いファイルを手に持ってこちらに歩いてきた。 ホンダ「ちょ、まじか」 そう呟いたホンダ一等級警部の顔に一瞬だけ恐怖の色が浮かんだ。 その言葉に反応せずにヒロセ特級警視正はホンダ一等級警部にフォルダを渡した。 ヒロセ「他の担当にも話をしようと考えていたのですが、今のあなたには案件がない、であればあなたが適任だと判断しました、それに…」 ヒロセ特級警視正は僕をチラリと見た。 ホンダ「わかりましたよ、やりますよ。……なんじゃこら、資料何も入ってないじゃないですか」 ホンダ一等級警部の手から机に投げ出されたフォルダには確かに何も入っていない。 ヒロセ「これは特別案件になります、彼の元に向かってください。ではよろしくお願いいたします」 そういうとヒロセ特級警視正はそのまま部屋を出て行った。 残された僕はホンダ一等級警部を見ると、その顔には俄かに怒りが浮き出ているように見えた。 ホンダ「なんで俺が…クソ!」 そう呟くと僕の肩を少し叩いてホンダ一等級警部は僕を促した。 ホンダ「さっさと終わらせるぞ、俺みたいなのはさっさと終わらせてパチンコに行きたいからな」 僕は短く返事をしてホンダ一等級警部の後に続いた。 ホンダ一等級警部補はそのまま無言のまま駐車場まで行き僕が助手席に乗り込むとそのまま車を発進させた。 無言のままのホンダ一等級警部補を横目で見ながら僕はスマートデバイスを取り出した。 それに気が付いてホンダ一等級警部補は僕に話しかけた。 ホンダ「全く、最近なやつは仕事中でもそれを見るのな」 僕は慌ててスーツの胸ポケットにスマートデバイスを突っ込んで、ホンダ一等級警部の顔を見た。 僕「す、すみません」 するとホンダ一等級警部補は胸ポケットから電子タバコを取り出して咥えた。 僕は電子タバコもお酒もやらないから匂いに敏感であるため、僕はこの匂いが嫌いだ。 昔の人が吸っていたという紙製のタバコの匂いは今ではわからないが、この電子タバコは何か溶けたような匂いがして僕の嫌悪感を逆立てる。 そういえば、僕の親父も嗜んでいたな。 その顔を思い出してさらに嫌悪感が募った。 僕は父親のようにならないと強く願って僕はこの職を選んだのだ、親父は物書きであった。 よくあるようなデバイスで配信されるような作品を生み出してはいない、なぜか玄人受けするような難解な本を数冊だけ出して消えた。 僕と弟と母を残して家から消えたのだ。 そして消えた親父を思って母親が泣いていた記憶を力にして僕は「きちんとした人間になる」と決めて警察官になることに決めたのだ。 そんな僕に母親は静かに「気をつけてね」とだけ呟いた。 僕は見るともなく窓の外を見た。 後ろに流れていく景色を目の端に流して僕は何も発さなかった。 ホンダ一等級警部も何も言わずにタバコを咥えたまま車を走らせている。 無音の車の中に、タバコを吸う普通の人には気が付かない電子タバコの匂いが漂っていく。 僕は気が付かれないようにため息をついた。 ホンダ「ついたな」 その言葉にどきりとした。 僕「え?あ。いや、すみま……」 ホンダ「ほら、ここだ、降りろ」 僕「え?」 僕は驚いて辺りを見渡した。 いつの間にか車は若者が多く集う街に来ていた。 車は歩道に少しはみ出して止まっていた。 僕はホンダ一等級警部補の後に続いて車を降りて、また周りを見渡した。 雑踏の中にスーツの僕らは全くもって場違いであり、行き交う人の嘲笑のまとになっている。 僕は少し恥ずかしくなってしまったが、ホンダ一等級警部はそんなことお構いなしに道なりに並ぶ高そうなブランドのお店の中の一つに迷いなく入っていく。 僕(え?捜査に行くんじゃないの?) 僕はガッカリしたがそれでもホンダ一等級警部の後に続いた。 お店の中に入ると気にならない程度ではあるが洋楽の曲が大きめに流れている、そして所狭しと雑誌や銀細工の小物や、レザーの小物が置いてあり、よく見るとそれらには値札が貼り付けられていて、ようやくここが銀細工とレザーのお店だと気が付いた。 ?「いらっしゃいませ」 その声に気が付いて声のした方に目をやると見るからにやんちゃそうな風体の若者がニヤつきながらもお客さんを迎えるように佇んでいた。 ホンダ「よおクソガキ、センセイの奴はいるかい?」 僕(センセイ?) ?「ひどいなぁホンダさん、何回言えば理解してくれんの?俺はミヤギっすよ、で、センセイはいつもの奥で作業していますよ」 ホンダ「そうか、おい研修生、いくぞ」 僕「え?あ、はい」 商品の山を抜けてレジ横を抜けるとそこからはバックヤードで、箱詰めになったおそらくは商品たちが箱の山を作って僕らの行く道を阻む。 それらをかき分けて僕らは奥へと進んだ。 奥に行けば行くほどお店での曲は小さくなっていき、商品の数も少なくなっていき、そこに辿り着いた。 ホンダ「おいおい、まるで何かの「巣」だな」 その言葉の通り、何かの生物の巣が出来上がっているように見えた。 その「巣」の中心に男はいた。 木の机の上には乱雑に何かの細かい物体が転がっていて、その机にかぶりつくように長髪の男は背中を曲げて赤いヘッドフォンをしてこちらには気が付かずに作業をしている。 ホンダ「んだよ、気が付いてないな」 そう呟いてホンダ一等級警部は手に持っていた茶色のフォルダでその男の頭を叩いた。 ?「イテ!なんだ?!」 男は飛び上がってヘッドフォンを外してこちらを見ると不思議そうに僕を見つめた。 ホンダ「センセイよぉ、ヒロセ特級からの依頼を持ってきたぜ」 その言葉を聞いてようやくフォルダを目にした男はそのフォルダを引ったくって中身を見てその辺にフォルダを投げ捨てた。 ?「なんだよ、中身はどこにやったんだ。中身の情報がなきゃ何をすれば良いのかわからないじゃあないか、ホンダ二等級警部」 ホンダ「俺が知るかよヒロセ特級に言ってくれ、それに俺は前回の事件解決で一等級に昇進したんだよ」 ?「ほーん、それで?そこの新人っぽいのが新しい相棒ってことかい?一等級警部」 ホンダ「そうだ、こいつはイッサ・コバヤシ、研修生だからな色々と教えてやるんだよ」 ?「ほー、それはそれは、では自己紹介を、俺の名はジロウ・ニシムラ、見ての通りこの店のオーナー兼デザイナーさ」 僕は一礼するとまた自分から自己紹介をした。 ジロウ「うんうん、なるほど……興味ない」 その言葉に僕は絶句した。 これほどまでに人を一瞬で不愉快にさせる人はなかなかいない、がこれは仕事なんだから。 僕「あの、えっと、ジロウさん、実は、そのフォルダはヒロセ特級警視正から預かった段階で中身はからだったんです。ですので何か意味があると…」 ジロウ「知らないよ、というかわかるわけなくない?俺をなんだと思っているのさ。それに見てみてよ、今さ、俺は新作の作品を作っている最中なわけ、それを邪魔されてあんたたちの都合に合わせるわけなくない?」 言われてみれば確かに。 ジロウ「それに来るならまずアポ取ってくれないかな、常識として」 それを聞いて僕は何も言えなかった。 ホンダ「おいおい、何言ってんだ、そんな事したらお前は逃げるだろうが」 僕「え?」 ジロウ「やいやい、なんで俺が逃げるんだよ。なんも悪くないのに、あ、待てよ確かに、逃げればよかった」 それはどうかと思うが。 ジロウ「なんにしろ、情報がない時点で俺にはお手上げだよ。戻ってヒロッチにきちんとした情報を渡すように言ってよ、話はその後だよね」 そう聞いてホンダ一等級警部は舌打ちをして踵を返した。 ホンダ「おっと、そうだイッサ・コバヤシ研修生、ちょっとデバイスを貸してくれないか、ヒロセ特級警視正には連絡しておく」 僕「あ、はい。わかりました」 僕はデバイスをホンダ一等級警部に渡して、ホンダ一等級警部に続くべくフォルダをとろうとしたが。 ジロウ「あー、えっと、研修生くん、それはそのままにしておいてくれるかな」 ジロウ・ニシムラは手で僕を追っ払うような仕草をしながらヘッドフォンをつけた。 僕はため息をついた。 あんな上司とこの男、どちらも人を不愉快にさせる天才である。 僕が体を入り口の方に向けるとジロウ・ニシムラが声をかけた。 ジロウ「なあ、あんたはこの件をどう思う?」 振り返るとジロウ・ニシムラは僕を見ていた。 その目は最近見たことがあった。 そうだ、ヒロセ特級警視正と同じ目だ。 僕は何故か居心地が悪く感じるとともに少しだけ挑まれているようで気持ちが高揚した。 僕「どう。とは?」 ジロウ「あんたは「なぜヒロセ特級警視正は中身を入れなかったんだ」とは思わなかったか?それともそんなことすら思わないほど「良い子ちゃん」なのか?」 僕は言われていることが理解できなかった。 僕「えっと、なぜ、ですか?」 ジロウ「いや、無理に答えなくていい。あんたが気付かない程度なら平気ってことだ」 その言葉の真意も図れないままだが、何故か僕は言葉を返さなければと思った。 僕「えっと、これは推測になりますが、多分「見られても支障が無い」もしくは「見られてはまずい」ということの両立でしょうか…」 その言葉を聞くとジロウ・ニシムラは目を見開いて僕にフォルダを取って渡した。 それは多分、僕の考えをもっと聞きたいと思っているからなのだろうと思って僕は言葉をつなげた。 僕「僕はヒロセ特級警視正とは今日お会いした程度ですが、それでも警視正になるほどの人であり、しかもあの雰囲気の人は意味のないことはしないと、そう感じました」 ジロウ「ふんふんそれで?」 僕「僕なりの意見としてヒロセ特級警視正がもたせた「意味」は「見られも支障がない」これはこの状態のフォルダを誰が見ても「情報が入っていない」つまりこのフォルダがどこにあっても案件の捜査に支障が出ないから、「見られてはまずい」というのはきっとこのフォルダに情報を入れておいてはまずいと思っていたから、それは「このフォルダに情報が入っていたら必ず情報が漏れる」と感じていたから。それにあの警視正が渡してきたフォルダの中身が空であったならみんな不思議には思うけれど「不思議に思うだけ」なんだと感じます」 そこまで聞いたジロウ・ニシムラはニンマリと笑って僕に名刺を渡してきた。 ジロウ「あんたは面白いな、この名刺を持っていってくれ、そしてヒロッチに見せてくれ」 僕「はぁ」 ジロウ「さ、今日はここで終わりにしよう、何かと支障が出そうだからね。俺の作品も途中だし、あんたたちはまだやることがあるだろうし」 そういうと今度は僕の背中を押して部屋から追い出した。 僕は意味もわからずにもらった名刺をジャケットの右ポケットに押し込んでホンダ一等級警部の待つ車へ急いだ。 ホンダ一等級警部は明らかに不機嫌で待っていた。 ホンダ「最近の若い奴は目上を待たせることもできるんだな」 僕「すみません」 明らかな嫌味だったが、待たせていたのは事実なので僕は謝った。 ホンダ「で、今日はもう終わりにしよう、俺はこの後約束があってな、昼飯も食いたいし。それにあいつも言っていたがフォルダの中身がないことで俺たちは捜査ができない、それは俺たちの失態じゃあないからな、ここでフケてもヒロセ特級も何も言えないだろうしな、ま、ヒロセ特級には俺は直帰すると伝えてある、ほらデバイス返すぞ。とりあえず本所まで戻るから、お前さんはヒロセ特級に報告して今日はもう帰れ」 僕は何も言えなかった。 そうなんだ、僕らは何も知っていないから、「何について操作すれば良いのかすらもわからない」 だから僕らは何もできないんだ。 僕らは来た道を戻って本所へと向かった。 来た道の通りに無言で。 だが、僕の頭の中にはさっきのジロウ・ニシムラの姿が浮かんでいた。 なんであの男は僕にあんなことを言わせたのだろうか。 そんなことを考えているうちに本所へと辿り着いた、僕が車を降りるとホンダ一等級警部は車を走らせてどこかへと消えた。 もしかしたら本当にパチンコへ行ったのかもしれない。 僕はため息をついてヒロセ特級警視正へと報告をするべく本所の受付へと向かった。 僕「えっと、研修入職のイッサ・コバヤシです。コウイチ・ヒロセ特級警視正へ捜査の報告があるのですが、今はどちらにいますか?」 受付は備え付けデバイスを手に取るとどこかにかけてからこう言った。 受付「ヒロセ特級は第三会議室でお待ちになっているそうです」 僕「第三会議室」 僕は受付に行き方を教えてもらって会議室に向かった。 第三会議室は第一や第二とは離れていて、昼頃なのに薄暗い廊下の先にあった。 僕「怖」 ヒロセ「何がですか?」 僕「うわっ!!」 僕は不意に背後からした声に飛び跳ねるほどびっくりした。 僕「ひっひひいっひひひひひいヒロセ特級警視正!」 ヒロセ「はい、どうしましたか?」 僕「あああ、えっと、受付で第三会議室でお待ちと聞いたもので!まさか後ろにいらっしゃるとは思わなくて!」 ヒロセ「いや、面白かったですよ、あなたがキョロキョロと周りを見ながら迷っているのを見ているのは」 ヒロセ特級警視正は「ふふっ」と笑ったように口元を手で隠して第三会議室の扉を開けた。 僕はこの人のことがわからなかった。 ヒロセ特級警視正は会議室の窓を開けて空気を入れ替えた。 そしてヒロセ特級警視正は簡易パイプ椅子に腰掛けて僕を中に入るように促した。 僕は会議室に入ると扉を閉めた。 第三会議室という普段使われていないような雰囲気なはずなのに、ここは何故か整っていた。 掃除してあるとかそういうことではなく、何か使われていないはずなのにそこには使われているもの特有の空気感があった。 ヒロセ「どうしましたか?」 その言葉に我に返って僕はヒロセ特級警視正の前に座った。 僕「あああ、いや、何故か、ここは使われていない印象があったのですが、入ってみると、その、何か隅まで手入れがされているような雰囲気がして」 僕の言葉にヒロセ特級警視正は手を口に当てて何かを考えている素振りをした。 僕はどうして良いかわからなくてその考えているヒロセ特級警視正を眺めていた。 やつれてはいるがどこか清潔で、それでいて儚くも感じる。 スーツはどこか品のいい一眼ではわからないけれど、よくよく見ると生地が良いものだとわかる。 ヒロセ「どうしました?」 僕「ああ、いや、その」 ヒロセ「君は不思議な人ですね。どこか、年相応ではないような観察眼が見え隠れする、だが、一つだけ言わせてもらうと「観察する対象を眺めてはいけません」よ。」 僕「え?」 ヒロセ「相手に気取られてしまう。それはメリットよりもデメリットが多い、では案件の報告をお願いいたします。雑談をするためにあなたはここに来たわけではないのでしょう」 僕は恥ずかしくなった。全て見通されているような気になったからだ。 僕「あ、はい。えーっと。ジュン・ホンダ一等級警部とジロウ・ニシムラのお店に行きました。そこでジロウ・ニシムラにフォルダを見せました」 ヒロセ「…で」 僕「ああ、えっとジロウ・ニシムラはそのフォルダを一瞥して床に投げ捨てました」 ヒロセ「それだけですか?」 僕「そうです」 ヒロセ「そうですか」 僕「あ!いえ、その、なぜかジロウ・ニシムラは僕に聞いてきました「どう思う?」と」 ヒロセ「ほう、それであなたはどう答えましたか?」 ヒロセ特級警視正は僕が何かを答えたことが当たり前かのように聞き直してきた。 僕「はい、「多分「見られても支障が無い」もしくは「見られてはまずい」ということの両立でしょうか」と答えました」 それを聞いてヒロセ特級警視正は目を見開いた。 ヒロセ「そうですか、なるほど、やはり」 やはり? 僕の言葉は予想通りのことだったのか。 ヒロセ「それで、その会話はジロウとの二人だけでした話ですか?それとも…他に「誰か」いませんでしたか?」 僕「誰か、いや、僕とジロウ・ニシムラだけだったと思います。ホンダ一等級警部は車に戻っていましたから」 ヒロセ「そうですか、ではジロウはどう判断しましたか?何か言付けなど預かっていませんか?」 僕「ああ、えっと。そうです。この名刺を預かってきましたヒロセ特級警視正に見せるように、と」 僕はポケットからジロウ・ニシムラに渡された名刺をヒロセ特級警視正の前に置いた。 その名刺をじぃっと見たヒロセ警視正は名刺を僕の方に指で押し戻してニコッと笑った。 僕は驚いた。 この人はこうやって笑うのか。 ヒロセ「わかりました。では、捜査をするにあたってあなたはジロウと組んで捜査を行ってください」 僕「え?」 ヒロセ「今あなたが私に見せた名刺は、ジロウからの「許可証」です」 僕「え?許可証…、え?というかヒロセ特級警視正はジロウ・ニシムラのことをご存知なのですか?」 ヒロセ「ええ、私と彼はかつての友人です。歳は離れていますが、とある場所でとある人との縁で知り合いました」 僕「え?え?ちょっと混乱しています」 ヒロセ「多くはここでは語りませんが、彼、ジロウ・ニシムラは探偵なのです」 僕「え?」 ヒロセ「我々が捜査に行き詰まった時、助言を求めて彼の元に極秘の情報を渡します、そして彼は我々の予想を遥かに超えた速度で事件を解決します。俗にいう諮問探偵という者ですかね」 僕「…」 ヒロセ「話を元に戻しますね、その許可証はジロウがこれから行う「仕事」について一緒に行動することを許された人間しか手にすることができません」 僕「なんだか、ちょっと話が飛躍してきている気がします」 ヒロセ「そうですね、彼についての情報は実際に行動すればわかりますから私からはここまでにしましょう。そして、捜査についてですが、ジロウはすでに内容とそれにともなう私の考えを理解しているでしょうから彼に聞いてください」 そういうとヒロセ特級警視正は立ち上がった。 ヒロセ「それと、まだ考えが整理できていないでしょうが、このこと、ジロウについてとあなたの案件については誰にも言わないことをお勧めします、あなたのため、あなたのお父さんのため」 僕「え?」 僕が顔を上げるとヒロセ特級警視正は寂しそうに笑って部屋を後にした。 取り残された僕はヒロセ特級警視正が出て行った扉をしばらく見つめていた。 僕「なんで親父のことが出てくるんだ」 僕は呟いたが誰も聞いていないのかその言葉だけ窓の外に消えた。 僕は静かに第三会議室をでて廊下を歩き家路についた。 僕の家は本所から数ブロック離れていて電車を乗り継いでたどり着く、その電車の中で僕は座席に座ったまま外を見た。 この現代、ホログラムが発達していて窓や廊下その他の空間にコマーシャルが流れていき興味あるコマーシャルがあればホログラムをデバイスで撮影するとそのコマーシャルの詳細な情報が手に入る。 普段はかなり邪魔に感じるが、今はあんまり感じなかった。 僕の警察官人生はなんだか前途多難に感じてしまう。 本当は案件のことをジロウ・ニシムラに聞きに行った方が良いのだろうが、そんな気分でもない。早く家に帰って眠りたい。 それほど僕は疲弊していた。 僕「初日だよ、初日、初日になんでこんないろんなことが起きるんだよ!なんなんだよ」 僕はため息をついた。 家に着くと僕はスーツのジャケットを脱いでリビングの椅子に投げてテレビの前にある四人掛けのソファに飛び込んだ。 そしてネクタイを無造作に外してどこかへ投げた。 ?「どうしたの」 その声に顔を上げるとそこに弟がいた。 僕「初日なのに色々あったんだよ」 僕は今日あったことを軽く説明しながらまたソファに突っ伏した。 弟は素っ気なく聞いていた。 僕「それにヒロセ特級警視正の最後の言葉が気に掛かる」 弟「何を言われたの?」 僕「ヒロセ特級警視正は「お父さんのためにも」と言っていたよ」 弟「どうゆうことなんだろう」 僕「ほんとだよ。全くもってわからない」 その時、僕のデバイスが震えた。 僕は気だるい体を起こしてデバイスの通信機能をオンにした。 僕「はい、イッサ・コバヤシです」 それは思いも寄らない人物からの連絡であった。 ?「もしもーし。今何してるの?はぁはぁ、何色の…」 僕「ジロウ・ニシムラ?!いったい何!」 ジロウ「正解!ピンポンピンポン!大正解!」 僕「いったいなんですか?!というか!どうやって僕の連絡先を!」 ジロウ「さあ、どうやってでしょうか?っと、そんなことはどうでもよくて」 僕「え?どうでも?え?」 ジロウ「今どうせ帰宅してるんでしょ?ということはさ、少なくとも警察関係者が近くにいないってことだよね」 僕「え?は、はい。いや、というか、待って」 ジロウ「ということはだ、きっと君はきっとヒロッチから「一人で捜査するように」と言われたんじゃない?」 この男、軽薄な言葉と態度ではあるけれどなんだこの情報の把握能力は。 僕「なんで知って」 ジロウ「そんなことは瑣末なことだよ、で、相談なんだが、今から俺のところに来て捜査を進展させないかい?」 僕は本日何回目かの突飛な展開に頭がついて行かない。なんだ、何を言っているんだ? 僕はもう疲れているんだよ、初出勤の日に上司の急激な不機嫌に付き合わされて、しかもさらに他の人みたいにツーマンセルを組めないし、意味のわからない案件を一人でやるように言われるし。 それにこの人と組めと。 なんなんだよ。 僕「なんなんだよ」 僕は思わず言葉が口から出ていたことに驚いた。 ジロウ「お?急にどうしたん?本音が出た?で?どう?くる?今くる?」 僕はため息をついて答えた。 僕「行かない、です」 ジロウ「え?なんで?来た方が良いよ?面白い事実があるんだよ」 僕「事実?…なんですかいったい」 ジロウ「内緒。来てくれないと話せない内容なんだ」 くそ、この人はなんなんだ。 僕「行きませんって、今日はもう疲れてしまって、もう休みたいんです」 ジロウ「もう、もうって、牛かよ。いいよ、じゃあ、一つだけ教えてあげる。一つだけ、君は今、盗聴されている」 一気に寒気が走った。 何を。 僕「何を言っているんですか…」 ジロウ「事実を一つ、言ったまでさ、だから僕のところにきて捜査をした方が良いと思うんだが、これ以上情報を漏らさないうちに」 僕「え?」 僕は混乱している。 僕が盗聴されている?なぜ? ジロウ「おーい。なんならここでもう一つの事実を言っちゃうよ?君の受け持つ案件の話だよ」 僕「え?」 ジロウ「君のお父さんの話さ」 僕「え?」 僕はそれだけを聞いて家を飛び出した。 スーツのジャケットを家に置きっぱなしにして、僕は走った。 ジロウ・ニシムラとデバイスは繋がったままで僕は走った。 息切れをしながらも僕はジロウ・ニシムラに聞いた。 僕「なぜ…僕のデバイスが、というかそんなことをこのデバイスで言ってもいいんですか?」 顔が見えないのにデバイスの向こう側でジロウがニヤつく顔が想像できた。 ジロウ「いいんだよ、詳しくは言わないけれど、今現在は俺に危害は絶対にやってこない。そうだ、ここにくる途中に今川焼きのお店があると思うんだけど、粒あんを2個買ってきてね」 僕「はぁ?なぜですか!今川焼きって大判焼きですよね!」 僕はため息をついた。 今日から僕は前途多難な人生になる予感がしていたからだ。 そしてその予感はいつも通りに的中する。 僕は息も切れ切れでジロウ・ニシムラの店に到着して、午前中と同じようにニヤついたお兄さんの後ろを通ってジロウ・ニシムラの「巣」に向かった。 ジロウ・ニシムラは同じように机に突っ伏していたが今回は僕の気配を察したのかすぐにこちらを向いた。 ジロウ「お、来たね、買ってきた?今川焼き、って、これもしかしてクリームとか買ってないよね?俺は粒あんしか食べたくないんだよね」 ジロウ・ニシムラは僕から買ってきた大判焼きを引ったくると文句を言いながら食べ始めた。 僕はため息をついて貪り食べているジロウを横目にして、机の上の作品を見て回った。 どれも細かく小さく繊細に見えてとても不思議に感じた。 ジロウ「それはパーツで組み立てるとジュエリーになるんだよ」 ジロウはモグモグと口を動かしながら僕に言った。 僕「ジロウ・ニシムラ、あんたはジュエリーデザイナーですよね?ヒロセ特級警視正は「探偵」と言っていましたが」 ジロウ「なんだか硬い言葉使いだな、いいよ、もっとラフに行こうぜ。俺の本職はジュエリーデザイナーで他にも本革で小物を作って売っている。でも君が知りたいのはそこじゃあない。俺は探偵、そう探偵だ。でも普通の探偵ではないと君は思っている」 ジロウ・ニシムラは僕の目をジィッと見つめて言った。 ジロウ「君はシャーロックを知っているか?」 僕「ああ、旧世代で大変な人気になった推理ものですね、僕もあの作品は好きです」 ジロウ「なら、話が早い。俺はあれと同じコンサルティング・ディテクティブとしても働いている。ま、なんというか稼ぎがいいからね」 ジロウ・ニシムラは大判焼きを食べ終わると僕にあの中身のない茶色いフォルダを投げ渡した。 僕「これ、どういう意味です?」 ジロウは僕がフォルダの中身を見た一瞬の間に僕のデバイスを引ったくって慣れたようにデバイスを解体し始めた。 僕「何を!」 その僕の言葉を塞ぐようにジロウ・ニシムラは大きな声で話し始めた。 ジロウ「このコンサルティング業はかなり実入りがいいけど、なかなか頭を使うから疲れるんだよね。シャーロックみたいにすぐに犯人がわかれば良いけど、俺はそこまで優秀ではないし」 そして分解した中から小さいチップみたいなものをピンセットで摘んで小さい箱の中に入れてそっと蓋を閉じた。 それからまたデバイスを組み直して僕に投げ渡した。 ジロウ「さ、これでようやく本当の話ができるな」 僕「本当の話?」 ジロウ「本当は父親のことを聞きたかったんだろ?全く、電話した時にすぐにこっちにきてくれていたら父親のことをネタにすることも盗聴されてることも言わなくてよかったのに」 僕は唖然としたまま動けなかった。 ジロウ「いつまで惚けているつもりだい?何か聞きたいことがあると思うけど?」 僕はようやく言葉を発した。 僕「えっと。正直、色々ありすぎて何を聞いていいか考えつかないですが。なぜ父親のことを」 ジロウ・ニシムラは僕の手にあるフォルダを指さした。 ジロウ「そのフォルダだよ。それが答えだ」 僕「え?」 ジロウ「君は言った。「見られも支障がない」これはこの状態のフォルダを誰が見ても「情報が入っていない」つまりこのフォルダがどこにあっても案件の捜査に支障が出ないから、「見られてはまずい」というのはきっとこのフォルダに情報を入れておいてはまずいと思っていたから、それは「このフォルダに情報が入っていたら必ず情報が漏れる」と感じていたから。それにあの警視正が渡してきたフォルダの中身が空であったならみんな不思議には思うけれど「不思議に思うだけ」なんだと感じます」とね。いやー、感心したよ。君は父親によく似ている」 僕「え?」 ジロウ「着眼点がそっくりだ、で、それでヒロッチも君に任せることにしたんだなぁって。で、案件は何か、君の疑問の一つだな。案件は君の父親「シンジロウ・コバヤシを殺したのは誰か・それはなぜか」だな」 僕「え?」 ジロウ「あとは君の疑問は「誰が自分のデバイスに盗聴器を仕込んだか」だな、あとはなんだ?おっとそうか、今一番の疑問は「なんでこの人はそんなことを言っているのか」だろうなぁ」 図星である。 でも。 僕「待って、待ってください。え?殺された?父親は蒸発したんです、僕ら家族を置いて」 それを聞いてジロウ・ニシムラは(なるほど)という顔をした。 ジロウ「そうだな、まずはその話をしないといけないのか。まずは君の父親、シンジロウ・コバヤシは作家である、だが裏の顔もあった。実はな、ヒロッチ、ヒロセ特級警視正に捜査協力をしていたんだよ」 僕「え?」 ジロウ「俺みたいなコンサルティングではなくて、普通に知識を貸していたよ。例えば作家にしかわからない視点でのヒントなどな」 僕「…」 ジロウ「結果として知識を得ていたヒロッチは君の知る通りにあそこまで上り詰めた。そして君の父親は一度ヒロッチとここにきたんだよ。俺もコンサルティングをし始めたときでね。その顔合わせとして、そして…」 僕「父が」 ジロウ「彼は、シンジロウは俺にこう言った「俺の子供をよろしく」と、だから。で、本題だが、「誰がシンジロウを殺したのか」実は俺も気にはなっていた。だが、流石にヒントが少なすぎてわからなかったよ。君が来るまでは」 僕「え?」 ジロウ「君がここにそのフォルダを持ってきた段階で閃いたよ。そうか!ってね」 僕「え?」 ジロウ「いやー、なんとなくそうなんじゃないかって思ってはいたけど」 僕「ちょ、ちょっと待ってください。いきなりいろんなこと言われても」 ジロウ「ああ、そうか、君らには筋道が必要なんだっけ?」 ジロウはさっき取り出した盗聴器の入った箱を手にして見せてきた。 ジロウ「まず。これだけれど、市販のデバイスには大体盗聴器が仕込まれている。その意味は単純に情報の搾取だ、どこかの誰かが君たちの情報を得てそれを誰かに売る、もしくはその情報を使って君達を操る。とかね」 僕は唖然とした。 ジロウ「ちなみにこの箱は俺が作った特別性で、こちらの話声などの音声はこれで漏れることはない、だけど中では微小な音波が出ていて何かを話しているように聞こえる。あとはこれを適当なところに放置しておくだけ。そして発信機もついているけれどそれはそのままにしてある。流石に発信信号が突然消えたり、いつもいないところに移動したら設置したやつに不審に思われる、発信機は誰がつけたかってことだけれど大体の見当はついている。ま、そいつがシンジロウを殺した犯人と同一犯かはわからないけど、そこで君のフォルダだ、きっとシンジロウの犯人、もしくはその人間に繋がっている人間はこのフォルダを手にすることができる場所にいる人間、つまりは警察内部の人間。君が持ってきたことで俺にはなんとなく把握できた」 僕「え?」 ジロウ「真相はだいたい理解できたって言ったんだよ」 ジロウ・ニシムラはニコッと笑って僕の肩を叩いた。 ジロウ「どうする?聞きたい?君が今置かれている状況と、その原因になった案件と、君が受け持つべき案件を」 僕は何も言えなかった。 ジロウ「ま、そうだよね。俺にとっては簡単すぎてあくびが出るほどだし、君も実はその事実に気がついていて気がついていない気になっているだけに見えるし」 僕の肩を再度叩いてジロウ・ニシムラはデバイスを取り出してどこかに電話し始めた。 ジロウ「……もしもし、おひさ、うん。そう簡単だったけど、今の段階でわかるのは実行犯だけかな…」 ジロウ・ニシムラは僕をチラッと見てこう言った。 ジロウ「ヒロッチ、今からその犯人を捕まえに行くからよろしくね」 僕はまだ何も言えずにいた。 ジロウ・ニシムラに促されるように店の外に出て、日が落ちかけている中、僕とジロウ・ニシムラは立っていた。 僕は頭の中でできるだけさっきまでジロウ・ニシムラが言っていたことをまとめてみようと試みていたけれど、わからないことばかりだった。 初日にこんなにいろんなことが起こるなんて。 何が何だかわからないうちに待っているところに一台の車がやってきた。 マットな黒い色の乗用車、しかし、それが一般人が買えるものとは一線を隠す物だとわかる。 その車の窓が空いた。 ジロウ「遅いよ、ヒロッチ」 ヒロセ「すまん、久しぶりにこの車乗ったから手間取った。ジロウ、それにイッサ・コバヤシ研修生、乗ってください」 そうヒロセ特級警視正がいうのと同時に車の扉が自動的に空いた。 空いたのと同時にジロウ・ニシムラは飛び込んだ、僕はそれに続くようにゆっくりと中に入った。 僕「うわぁ」 まるで有名なスパイ映画のような内装が僕の心を昂らせる。 ジロウ「すごいだろ?」 ヒロセ「なんでお前が自慢するんだ」 ヒロセ特級警視正はジロウ・ニシムラに被せるように呟いた。 ヒロセ「で?ジロウ。真相は分かったか?」 ジロウ「いつも通りだよ」 ヒロセ「では向かうとしようか」 短く二人が言うと車が走り出した。 ヒロセ特級警視正はまるで行く先が分かっているかのようにこちらに視線も配らずに車を運転していく。 ジロウ・ニシムラは座席に下をゴソゴソと漁り始めた。 僕「何をしているんです?」 僕の言葉に動きも止めずにジロウ・ニシムラはまだゴソゴソしている。 ジロウ「この椅子の下に俺専用の武器があるんだよ」 僕「武器?一般人が武器を持つのは違法では?!」 ジロウ「いいんだよ、俺は」 僕「ヒロセ特級警視正!」 僕の叫びにヒロセ特級警視正はバックミラー越しにニッコリと笑って見せた。 ヒロセ「君もその下から選ぶといい、まだ研修生には武器は支給されていないですからね」 僕はどうしていいかわからなくなった。 ジロウ「なんだよ。お前いい子ちゃんかよ。これからいくところではひとつくらい持ってた方が安全だぞ?なんたって反社会的な事務所に行くんだから」 僕「は、反社会、てき」 なんだか眩暈がしてきた。 ジロウ「いいか、えーっと、ワトソンくん、君にとってこれはかなり大事なことなんだ。ぶっちゃけ、俺とヒロッチで案件は解決できるが、それではおもし…それでは君は一生父親について誤解したままだ、それでは困るだろう?」 今、面白くない、とか言おうとしたよねこの人。 僕は観念したように座席の下を覗いた。 僕「うわ、これどうやって調達したんですか?」 そこには見たことない武器が無造作に転がっていた。 僕の言葉にヒロセ特級警視正が答えた。 ヒロセ「これからいくようなところから使わない人が出たものをもらってくるんだよ」 ジロウ「あ、あったあった」 ジロウ・ニシムラは手に拳銃のような歪なものを持っている。 僕「なんですか、それ」 ジロウ「この後見せてやるよ、さあ、お楽しみの時間だ」 僕は窓の外を見た、見た感じ普通の建設業者の事務所の前で車は止まった。 僕「ここが」 ジロウ「まあ、見てればわかるよ」 ヒロセ「イッサ・コバヤシ研修生。ここから先見たことは他言無用です。君を連れてきたのは君に関わることだからですが、今から我々はこの中に入って必要なことをします、君はこの車の中で待っていてください、すぐにすみます」 そう言ってヒロセ特級警視正とジロウ・ニシムラは車からでて事務所の中に消えた。 僕はどうしたらいいかわからなくてただ事務所を見ていた。 ズドン!! 事務所があるビルが爆発した。 その衝撃は凄まじく、車の中ですらビリビリと衝撃を感じた。 僕は思わず車の外に出てパラパラと落ちてくる破片も気にせずに爆発した事務所を見つめている。 周りでは一般の歩行人が悲鳴をあげて逃げ惑い、遠くからは警察と消防の警報のようなサイレンが鳴き始めた。 呆然としている僕に誰かが声をかけて肩を叩いた。 ヒロセ「何を呆然としているのですか、さ、早くずらかりますよ」 ジロウ「そうだぜ、必要なことはした、必要なものも手に入れたしな」 ジロウはその体に何かを、いや誰かを背負っていた、その頭には布の被り物がしてあって誰なのかは計り知れない。 僕「それは」 ジロウ「まぁ、乗りなよ」 促されるまま車に乗った。 ジロウ「さぁ、ここからが本番だぜ!」 そう嬉しそうに叫んだジロウを乗せてヒロセ特級警視正は車を走らせた。 そして僕らはジロウ・ニシムラの「巣」に戻ってきた。 すでにお店は閉店していて、お客どころかお店の店員もいない。 ジロウ「さて、ここからがお楽しみなんだが、どうする?」 ジロウ・ニシムラはヒロセ特級警視正を見た。 ヒロセ特級警視正はその人物を椅子に固定して頭に被せた布を取り外した。 ジロウ「やぁ、おはようさん、ホンダ一等級警部補、お仕置きの時間だぜ」 僕はあいた口が塞がらなかった。 ヒロセ特級警視正はまだ意識がはっきりしていないホンダ一等級警部の頬を数回叩いた。 ジロウ「まさかあんたとは思わなかったな、と言っても実行犯なだけなんだろうけれど」 ジロウも手にしていつ拳銃で頬を一発殴った。 ホンダ「…何言ってるか、わかんねぇよ、クソが」 ヒロセ特級警視正はホンダ一等級警部の目の前に座ってホンダ一等級警部を見つめた。 ヒロセ「警察内部に内通者がいることはわかっていました、そうでなければシンジロウが消されることはないですからね、ただ、その実行犯がなかなか分かりませんでした。そもそもシンジロウのことを知っている人間は私以外では警察内にいないはずでしたからね、ジロウはもちろん違う、ジロウであれば「消された」ではなく派手に吹き飛ばすはずですから」 ヒロセ特級警視正が話し始めた内容が僕の頭には入ってこなかった。 ヒロセ「で、こう、内通者はただの実行犯、その先に黒幕がいると思うことにしました、ですが、その人間のこともわからない、だから時期を待つことにしました。実はすでにこちらからの協力者が動いていましてね、シンジロウの身内を守るように働きかけていたので実行犯並びに黒幕はなかなか手を出せなかったでしょう」 ヒロセ特級警視正は僕を見た。 ヒロセ「イッサ・コバヤシ研修生が警察に入るとは思いませんでしたが、好都合でした。私の庇護下に入ってもらえれば保護しやすいですからね、そして同時に黒幕にも罠を張れる」 ヒロセ特級警視正は立ち上がって僕の近くに来た。 ホンダ「何を言って」 ヒロセ「すみませんイッサ・コバヤシ研修生、いや、イッサくん。私たちは君の父親を守れなかった、あまつさえその犯人も今まで捕まえることができなかった」 ヒロセ特級警視正は頭を下げた。 ジロウ「だが、ヒロッチが各方面を睨んでいて、そしてフォルダを君持たせてくれたおかげで犯人の目星がついたんだよな、俺もヒロッチも警察内部にいる実行犯を探していて、実行犯は必ず黒幕経由で君の存在を知っている。そして必ず1番最初に接触してくるはずと考えていた。君が警察になったと言うことはどこかで必ず自身の父親を消した犯人を探すからな」 ヒロセ「犯人はその行動を阻止するでしょう」 僕「ま、待ってください、でもそれは僕がもしかしたら父親の件の犯人を見つけられると言う過程の中での」 ヒロセ「見つけられます。黒幕も、その実行犯も」 僕「え?」 ヒロセ「君には父親から得たものが多くある、その一般人では流してしまうようなことを見つける観察眼、思考能力、そして父親からの遺産である、本の原稿」 僕「どういう」 ジロウ「シンジロウ・コバヤシは作家だ。そしてその本は今までシンジロウの考えたもので詰まっている、一見はただの物語ではあるが、実はそれは暗号であり、それを解くことができるのは君以外いないんだよ」 僕「え?」 ヒロセ「実はね、私のやったフォルダの方法もシンジロウから助言してもらったんだ。そしてこうも言っていた。「もし、自分に何か会ったときは、息子のイッサに。息子なら解ける」と、ありきたりではあるが、君はきっとシンジロウの暗号が解ける。そしてそれはシンジロウの知り得た黒幕への道筋だ」 僕「え?暗号?何を言って。父は、僕らを捨てて消えたんです。そんな父が残したものを僕が解けるはずが…そうか、その言葉自体も「暗号」なんだ」 ジロウ「何かわかったか?」 僕「分かりません、が、分かります。そうか、父は」 ジロウは僕を見つめた。 僕はホンダ一等級警部に詰め寄った。 僕「ホンダ一等級警部、本当にあなたが僕の父、シンジロウ・コバヤシを殺したのですか?」 ホンダ「テメェら何言ってんだ、俺じゃねぇし、知るかよ」 ホンダ一等級警部補は目を逸らした。 僕「父は、なぜ僕らの前から姿を消したのか、それをずっと考えていました」 ホンダ一等級警部の肩を掴んで僕は言った。 僕「あなたは実行犯ではあるけれど、実は僕の父を誘拐しただけだったのではないですか?」 僕「あなたはおそらく父に知られたくないことを知られ、どうにかして父の口を塞ぎたかったはずだ、でも流石に殺すことはできない実力的にも、社会的にも。そんな中きっとヒロセ特級警視正がいうところの黒幕に声をかけられたはずだ、あなたはその指示に従って、父を誘拐し、指定されたところに送っただけ、とか」 ジロウ「どうしてそう思う?」 僕「だって、この人は父を殺せる人ではない、さっきから「何言ってんだ」とはいうが殺したことを否定はしない、目線を逸らしたのも否定ではないが事実に目を背けている。だけれど本当に殺したのなら、否定ではなくもっと態度が堂々としているはずだ」 僕「それなのに殺し自体を否定しないのは父が「死ぬ」のを知っていることに手を貸したからだと思います。実行犯の一人であることは事実だけれど、殺したのは別の人間、父は、職業柄、人を疑ってかかっている、それなのに殺されるということは顔見知り?いや、もっとこう」 ヒロセ「どういうことですか?」 僕「いや、父はヒロセ特級警視正やジロウ・ニシムラとも仕事をしていた、だからこそ、警察内部では手が出せない、そもそも父のことを知っていたのは…」 そこまで口にして僕は寒気がした。 なんだこれは。 僕は「知ってはいけないことを知った」のではないだろうか。 僕はゆっくりとヒロセ特級警視正を見た。 僕「ヒロセ特級警視正」 ヒロセ「なんですか?何か分かりましたか?」 僕「確認したいのですが。ヒロセ特級警視正は、黒幕の話を最初誰から聞きましたか?」 なんだこれは。 ヒロセ「あなたの父親からですが、それが何か?」 なんだこれは。 なんだこれは。 僕「ヒロセ特級警視正」 ヒロセ「はい」 僕は強く拳を握った。 僕「父を殺した犯人は、あなたですね、ヒロセ特級警視正」 ヒロセ「突然どうしたのですか?犯人はホンダ一等級警部ではないですか」 ジロウ「…」 僕「いえ、僕にはこの人が父親を殺せるとは到底思えません、そもそも父はその職業柄、人のことを観察して俯瞰したところから接するのだと思います。おそらくですが。父は、顔見知りに殺されたのではないかと考えます」 ヒロセ「ほぅ」 僕「ホンダ一等級警部はきっと、先程の場所から連れてこられたことを考えると反社会的な人々とのつながりを知られ、それを証拠に捕まることになっていたんだと推測します、そしてそれはきっといっしょに捜査していた人間からホンダ一等級警部に知らされて、ホンダ一等級警部はきっとその件を無かったことにするからということで父を誘拐し、犯人に届けたのでしょう」 ジロウ「ふむふむ、そうだな、きっと黒幕なる人物はシンジロウの着眼点をうとましく思っていて、消すタイミングを狙っていた、そんな中この自体は好都合であった、と」 僕「そしてヒロセ特級警視正が父をホンダ一等級警部から受け取って…」 ヒロセ「いやいや、飛躍しすぎと思いますが。その話によると私以外にも犯人候補はいますよね、ジロウだってシンジロウのことを知っていた、であれば黒幕の可能性もあるのではないですか?」 僕「いや、あり得ませんよ」 ヒロセ「なぜだい?」 僕「ヒロセ特級警視正、ジロウ・ニシムラは父を殺せないんですよ」 ヒロセ「?」 僕「ジロウ・ニシムラは最初に僕を目にした時、僕が父の息子だと知っていませんでした」 ヒロセ「?」 僕「もしジロウ・ニシムラが父を殺していたら、もしジロウ・ニシムラが黒幕と繋がっていたら、僕のことを知っているはずなんですよ、でも彼は僕の自己紹介で初めて知った」 ヒロセ「それは演技もできるだろう」 僕「それでも僕にはわかる、嘘を身に纏っている人とそうではない人の雰囲気くらいは」 僕がそこまでいうとヒロセ特級警視正はゆっくりと頭をかいた。 ヒロセ「なるほど、流石にシンジロウの息子なだけある。着眼点、観察眼が素晴らしい」 言い切るのと同時にヒロセ特級警視正は銃を抜いてホンダ一等級警部の頭を撃ち抜いた。 僕「え?」 ヒロセ「こいつは用済みになりました。本来であれば、シンジロウの件の真犯人として投降させるつもりでしたが、仕方ないです、きっとあの方こうすることをお望みになるはずです」 僕「あの方」 まずい! と思うのと同時にヒロセ特級警視正が僕めがけて発泡してきた。 が痛みはなかった。 ジロウ・ニシムラが僕を庇ったのだ。 ジロウ「ぐっ、ヒロッチやってくれたな」 ジロウ・ニシムラの腹部がみるみる赤く染まっていく。 ヒロセ「仕方ないよ、あのお方の邪魔になるものは誰だろうと消すのが我々の忠誠」 ジロウ「シンジロウを殺したのはやっぱりお前か」 ヒロセ「そうだな、もういいか。君たちはここで死んでもらうことにするから全部言ってやるよ、シンジロウと組んで案件を解決して行くにつれてな私は昇進していき、どんどんと知り得ることが増え、私は知ってしまったんだよ、どれだけこの世の中が、この国の人間が汚れていて低脳なのかを。犯罪を犯すやつ、それを容認するやつ、隣では人が死にそうなのに助けないやつ、腐った政治家、どれだけ正義を成そうとしてもこの国の中ではそれすらも児戯にしかならないという虚無。私は絶望していった。そしてそんな中私はあのお方の存在を知った。あのお方は本当の意味で世界を良くするために力を尽くしていた。綺麗事ではない。この世の中に必要なことを教えてくれた。私は世の中の仕組みを知った。そして、その仕組み自体を変えるあのお方の崇高なるお考えを!!」 僕「それが父の死につながると?」 ヒロセ「言ったろ?あのお方の邪魔になるやつ、とね、シンジロウの力は素晴らしいが、それだけにあのお方の邪魔になる。だから殺した!!」 僕はこの男が叫びにも似た心酔した言葉を聴きながら父のことを思い出していた。 僕の小さい頃に話してくれたあの心地よい声を。 僕「そんなことで」 ヒロセ「そんなこと?そんなことではないよ!君の父は偉大な力を持っている!だからこその邪魔になり得るのだよ!むしろ光栄に思ってくれ!っとそろそろ良いか、ジロウも惜しい人物だが、きっとこうなることも予想して何か策を弄しているはずだからな、長いはしないさ」 ヒロセ特級警視正が僕らに三度拳銃を向けた。 僕は動けずにいた。 ジロウ・ニシムラはまだ倒れている。 ブブブブブブブ 突然ヒロセ特級警視正のデバイスが震える音がした。 ヒロセ「はい、は、分かりました」 ヒロセ特級警視正は僕にデバイスを投げた。 ヒロセ「でろ、あのお方だ」 僕「え?」 僕はゆっくりとデバイスを拾うと耳に当てた。 そこからは機械的な音声が聞こえた。 ?「やぁ、どうも、お初にお目にかかるね。君たちにとっては不遇の状態だろう。お父上のことは申し訳ないね」 その軽薄な口調に僕はどうしていいかもわからない。 ?「おや?もしかして僕のことがわからない?」 きっと機械で音声を変えているのだろう。 ?「仕方ないね、なんというか、君たちのことは実は気に入っていてね、君のお父上のこともだ、だが、彼は踏み込んではいけないところに踏み込んだからね、仕方ないよ」 僕はようやく言葉を発した。 僕「僕は、お前を許さない」 ?「ははははははは、いいね、いいよ、まるでシャーロックホームズに追われる犯人のようだ、そうだ、いいことを思いついた、僕のことはジム、と呼んでくれよ。そのほうがよりシャーロックっぽい雰囲気が出るからね、でシャーロック、気の毒に思うんだが、僕はさっきも言った通り君たちのことを気に入っている、だが、そこの音声を聞いているとどうやら君たちはピンチみたいだね、どうしようかな、そうだ、面白いものを見せてあげるよ。ヒロセを見ていてよ」 僕「え?」 僕はヒロセ特級を見つめた。 ジム「さぁ。いくよ、3、2、1」 僕「え?」 カウントダウンと同時に。 ヒロセ特級の頭が吹き飛んだ。 その破片が僕らに降り注ぎ、僕は。僕は。 ジム「おーい、どうだった?派手だった?おーい?もしかして聞こえていないのかな?ま、いいや、これはね、警告、僕の力を知ってもらうための。本当なら君たちも吹き飛ばしたいんだけれど…」 ジムの声もどこか遠くでしているように聞こえ、僕はヒロセ特級警視正だったものを見つめていた。 ジム「おーい、じゃあね。僕はいつでも君たちを見ているよ、この世界をひっくり返して、本当に正義に必要な人間だけの世の中にするためにね」 僕「ふざけるなよ」 ジム「ん?何が?」 僕「人を殺しておいて何が正義に必要な人だけの世の中だ!お前は絶対に許さない!」 ジム「あははは、面白い、何怒ってんのさ、そいつも、そしてこの世の中の人間も隣の人間すら助けない偽善者ばかりの国で、僕がどんな目にあったと思っているのさ、僕を助けてくれない人間たちのことなんか知ったことか、じゃあね、もういくね、君との話も面白かったけど、今からもっと面白いことするからさ」 そう言ってデバイスは切れた。 この事件は他の警察の人たちが来て僕らから事情を聞き、そしてヒロセ特級警視正とホンダ一等級警部は名誉殉職扱いになり、その犯人は未だ逃走中とのことで一旦の幕引きとなった。 もちろん、僕の父親の案件の真犯人もまだ迷宮入りとして僕が受け持ったままになり、結果として誰も幸せにならなかった。 そして事件はまだまだ発生している。 あの日、ジムがデバイスを切った日、未曾有のデジタルテロが起きたという。 犯人は見つからず、テロも長引くことはなかったからか案件はみんなの記憶から無かったことになった。 だが、あれはきっとジムの犯行だ。 僕は拳を強く握った。 ジロウ「何してんだよ!犯人を捕まえられないぞ」 ジロウはあの後病院で一命を取り留めまた諮問探偵として案件の解決を試みている。 が。 僕「もしかして」 そう、もしかして。 僕「僕が犯人を暴いてるよね?」 ジロウ「そうか?でも俺は諮問探偵、物語なら俺がシャーロック、で君がワトソンくんだ」 僕はため息を漏らした。 僕「誰がワトソンくんですか、というか、むしろ僕の方がシャーロックじゃないですか。あんた推理できないし」 そう、ジロウ・ニシムラは諮問探偵ではあるが、あの日も結局ホンダ一等級警部が僕のデバイスに発信機をつけたことのみ言い当てて、他は僕が言い当てたものだ。 僕「ほんとによく諮問探偵なんてできるよな」 ジロウ「だから、言ってんだろ、コンサルティング!それに本職はジュエリーデザイナーだって!」 どうやら聞いた話によると。 諮問探偵になるきっかけはうちの父親と会ったことらしく、父親みたいなことを言っていたらそれが偶然にも的を得たアドバイスになってしまい、あれよあれよと諮問探偵へと神輿を担がれたようだと。 本人も報酬が良いからいうに言えず今に至るとか。 まったく。 僕は再度ため息を漏らした。 だが、僕の目はこの男の悪運を見ていた。 ジムを捕まえるためにはこの男の力が必要だと。 僕はようやく向き直り、僕らの前に並んでいる「容疑者」に指を刺した。 僕「犯人は、お前だ」
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