星を綴る

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文芸部は星をつくっているらしい。 そんな噂が流れ始めたのは、文化祭前あたりだった。 噂なので出所は不明だが、一つの有力な証言もある。 やはり文化祭前の夜、天文部が南校舎の屋上で天体観測をしていた際に、奇妙に瞬く星を発見した。 それは一つではなく、辿っていくと……旧東校舎と呼ばれる部室ばかりが集まった木造校舎の上に流れ着いているようだというのだ。 そしてもう一つの証言として、文化祭前に警備員が旧東校舎付近の見回りを行った際に、真っ暗な窓が続く中、隅の方に一つだけ灯の点った窓があったというのだった。 その隅の窓のある部室こそが、文芸部のものだった。 噂は多感な学生のひしめく学校の隅々まで行き渡った。 だが、いくら夢みがちな年代とはいえ、多くは始めの内こそ魅力ありげに話すものの、間も無くその荒唐無稽さに思い至って、或いは飽きて話題しなくなる。 それに、当の文芸部員が希少だということも噂の濃度が濃くならない要因だった。中高一貫校なのに、部員数は十人に満たない……最早家族のそれであり、噂の真相を突き止めようにも全校生徒の中から部員を見つけることがまず困難に思われていた。 なおかつ文化祭準備で皆それぞれ奔走しており、それどころではないという時期だった。 文化祭が終わった。 高等学校三年生の奈良原夕子は、天文部の出し物ーープラネタリウムを行っていた教室に戻って、後夜祭が過ぎるのを待った。 後夜祭には部長たち幹部や他の部員たちが参加して楽しんでいるのだろう。しかし、夕子はなんとなく一緒にはしゃぐ気になれなくて、誰もいない教室に戻ってきた。 造り物の星や、天体模型を撫でる。 役職にこそ就いていなかったが、夕子はこの六年間を過ごした天文部にとても愛着があった。 部活と勉強と両親の期待諸々を天秤にかけ、それなりの偏差値の大学の学校推薦枠も無難に取得できた。 だが一般的な高校三年生と比べて安定した時期を獲得できたものの、贅沢だけれど物足りなさも感じていた。受験勉強に邁進する同級生に、引け目を感じることもあった。 (ーーこれで終わりで、いいんだろうか……) 夕子は天文部のもう一つの思い出の場所である、南校舎の屋上を目指すことにした。 宵闇が迫る十月の屋上の空はオパールのように複雑な色に染まっていた。 夕子は天体観測が特に好きだった。実際の星の輝きも、夜を待つ仲間とのお喋りも、全ていい思い出だ。 (そういえば……) 夕子は文化祭前に立った噂を思い出した。あの奇妙に瞬く星を最初に見つけたのは夕子であった。変光星とはまた違った、宝石を傾けて光をあてたときの照り返しのような灯り方ーー忘れもしない。 ふっと東の空を見上げた。 (あった) ぱん、と頭の上で何かが弾けるような感覚があった。その星はあの時のように瞬いていて……そして、同じように、だがそれぞれ違うタイミングで光る星々がーー旧東校舎の上へと続いていた。 (噂、噂は……) 夕子は旧東校舎に向かった。
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