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挙式なのだ、あいつの、今日は。
お前ふつう仏滅にするかよ、て話なんだが。人に聞くと仏滅は割安で、縁起を気にしない人は選ぶものなのだとか。ああそりゃあいつはきっと選ぶだろう。自分がこの日が良いと決めればその日は最良の日なのだ。今日が誰に不都合になる話でもない。
僕に限っては、訃報と同じようなものだったが。
震える手で欠席に丸を付けた。自分の人生で落涙に気をつける日が来るなんて思いもしなかった。
もうこの先、あいつの隣に立てる時間はないと決まってしまった。今までは辛うじて砂粒程度の可能性はあったが、もうそのかすかな可能性さえ無くなってしまった。
行動を起こさなければ可能性などないので、まあ、最初から限りなく0だったのだろうけども。
…… 夢を見るとか、あるじゃない……
もう夢すら見れなくなってしまったってことだ。
僕のあまりに情けない被害妄想に呆れたらしい猫が、嫌そうに身動ぎをして僕の腕から飛び降りた。
ガラス戸を越えないのは、僕と同じように外でエライ目に遭ってきたからだろう。
陽光は柔らかく風はどこかからきれいな香りを運んでくる。
今日はあいつにとって相応しい青空で、祝福のフラワーシャワーがよく降ることだろう。涙が出そうだ。いやもうボロボロと溢れている。
胸が痛くて痛くて仕方ない。
本日はお日柄もよく仏滅。
ぐずぐずと引きずるこの感情を区切るにはもってこいの日である。そう言い聞かせても、僕は。
僕は今しばらくこの心を連れて行くだろう。青空を見るたびに、塞がったと思った傷口が意地悪く痛みを伴って口を開ける。情けなくて腹立たしい未来が見えるようだ。
縁起など関係ないと言い切るあいつの言葉が欲しい。
無理に切り捨てることなどないと、時間を掛けても良いと、飽きるまでへばりついていろと、快活に笑い飛ばして欲しい。
なんて、やはりどこまでも他力本願な僕だ。
「にゃあ」
そうだろう、と餌椀の隣に鎮座する猫に同意を求めた。
それはそれとして、とばかりに毛づくろいを始める猫だ。僕にはこのくらいがちょうどいいのかもしれない。
自分で自分を片付けられないなら、縁起に頼るしかないだろう。あいつとはちがう人間の僕は。
泣き顔を拭うと僕はガラス戸を締めた。ついでにカーテンも。誰かへの祝福のような陽光は、今の僕にはちょっと厳しい。
今日は仕切り直しにもってこいの仏滅。
日が沈むまでに痛みが収まるのかと言えばそんなことはなかろうが。
それでも僕は今日、一つの感情を埋葬したのだった。
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