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第1株:お盆、お祭り、親探し
必死に絞り出した声は、自分でも分かるくらい上擦っていた。
「ぼ、僕と一緒にっ! 花火を観に行きませんか!」
八月初旬。外は熱気で空気が揺らめくほどの暑さだけど、薔子さんの家は冷房が程良く効いていて涼しい。
例によってベロニカさんの紅茶をご馳走になりながら、お誘いの返事を待つ僕に向かって、薔子さんは膝の上のグレートブリテンを撫でつつ、フンと鼻を鳴らした。
「真剣な顔で何を言うかと思えば、そんなことか。花火というのは十五日のやつだな?」
「ですね。芦田川花火大会です」
福山を南北に縦断し、市民に生活水を提供する、備後地域を代表する一級河川。それが芦田川だ。毎年お盆の最終日になると、芦田川の河口を舞台に、芦田川花火大会が開催される。
この大会の水上スターマイン、要するに連続発射は、聞くところによると西日本最長級らしい。市のホームページには、最長“級”だと書いてあるあたり、最長ではないんだろう。一位になれない二位とか三位が、こういう表現を好んで使う。
閑話休題。
「祭という非日常の空気にほだされた連中が狂喜乱舞するイベントのことなら、大方の概要は把握しているよ。よりによって誘うのが私とはな。手頃な女は他にいないのか? 君は大学生だろう?」
「いないから誘ってるんですよ! 悪いですか!」
「昔の私と同じだな。ははははは!」
「……別にどうしてもって訳じゃないんで、無理なら無理だって言ってください」
花火の雅を一緒に味わおう、なんて期待した僕が馬鹿だった。本人が花火に興味ないなら、強引に連れてってもそれは単なるワガママになってしまう。
だけど薔子さんは、そこでおもむろに苦笑を浮かべた。
「早まるな。十五日の夜なら空いているし、別に嫌でもないよ」
「本当ですか? それって……」
俯きかけていた顔が即座に跳ね上がる。行けたらいいなくらいに考えてたから、今の返答はめちゃくちゃ嬉しかったのだ。
「ああ。人混みは苦手だが、嫌悪するという程でもない。せっかく誘ってくれたのだから、応えようじゃないか。それに」
「それに?」
「見方によっては花火も一種の花だ。観覧するにやぶさかではないね」
なるほどそういう論理か。さすが薔子さん、全ての事象は花に帰結するんだな。
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