大ばあちゃんと狐の話

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 それから親子三人は、急いで戸締りをすると、部屋着のまま車に乗りこんだのだった。  ギラギラと地上を暴力的なまでににらみつけていた太陽は、やわらかな笑みを浮かべ始めていた。カーステレオもつけずに走り続ける昼下がり。車の振動と閉めた窓越しに聞こえる風の音。  車の中は静まりかえっている。  どんなに車中の空気が重くても、小夜子はけして「大ばあちゃん、だいじょうぶかなあ?」などとつぶやいたりはしない。小夜子は「もしかしたら」とか「たとえば」とか「こうだったら」とか考えないことにしている。物事は起こるようにしか起こらない。あれこれ仮定の話をするだけ無駄だ。  宇宙人や幽霊なんてものは存在しないし、サンタクロースがプレゼントを届けにくることもない。すべて作り話。中学生にもなってそんなものを信じていたら、笑われるか、心配される。あの頃みたいに。  車はインターチェンジを通り、一般道へと降りた。行先を示す青い看板に「岩木」という地名が見える。大ばあちゃんの家がある地域が近い。  夕方になり、日差しはずいぶんとやわらかくなってきた。道路沿いに田んぼが続き、その田んぼのところどころに民家が建っている。  田んぼの向こうに連なる小高い山のふもとに、小さな赤いものが見える。お稲荷様の祠だ。大ばあちゃんの昔語りにも登場したお稲荷様だ。  大ばあちゃんの声が耳の奥によみがえる。縁側に座って何度も聞いたその話は、内容ばかりか抑揚のある口調まで思い出された。 「うちのじいさんが生きていたころは、この家には住んでいなくてねぇ。息子が嫁をもらって住んでいたのは、あたしのうちからちょうど山ひとつ越えたところだったんだよ……ああ、息子っていうのは、小夜子のおじいちゃんのことだよ」 「おじいちゃんが結婚したばかりのころってこと? まだおじいちゃんじゃなかったの?」 「ほっほっほっ。そりゃあ、おじいちゃんにだって若い時分があったさ。おかしいかい? そうだろうねぇ。想像つかないかもねぇ。でも、そんな時分もあったんだよ」  当時、小夜子は小学校三年生か四年生だったと思う。おじいちゃんだけでなく、お父さんもお母さんも学校の先生もいきなり大人として生まれてきたように思えた。  もちろん頭や言葉ではわかっていた。だから小夜子は曖昧ながらも頷いた。とにかく話の先が気になったのだ。  大ばあちゃんは頷き返すと話を続けた。
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