大ばあちゃんと狐の話

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大ばあちゃんと狐の話

 道は案外すいていた。お盆の帰省ラッシュにはまだ早いせいかもしれない。小夜子はお父さんが運転する車の後部座席でそんなことを考えていた。  車の中は冷房が効いていて涼しいけれど、真夏の太陽はガラス越しに照りつけ、肌がジリジリ焼かれていくのを感じる。 「もうすぐサービスエリアあるぞ。寄っていくか?」  高速道路をしばらく走ったころ、お父さんが前を向いたままたずねた。お母さんがシートベルトをのばしてこちらを覗き込む。 「小夜子、トイレは?」 「ん。だいじょうぶ」  お母さんは「そう」と言って前に向き直ると、お父さんに「寄らなくていいわ」と答えた。  小夜子は座席の上で両ひざをかかえ、中学生になってから伸び続けている体を小さく丸めた。このまま小学生のころみたいに小さくなれたら、少しは大ばあちゃんに会いやすくなるだろうか。そんなことはない、とすぐに思い直す。大ばあちゃんのせいで私は恥をかいたんだ。もう関わるもんか。今日だってお父さんとお母さんについていくだけ。べつに私は大ばあちゃんに会うつもりはない。  小夜子はまぶしさに目を細めつつ、おでこを窓ガラスにおしつけた。景色は次々と後ろへ飛び去っていく。  前方にはほとんど手つかずの山々が連なっている。平地にわずかな民家と畑があるだけで、視界はほとんど緑色に埋め尽くされていた。  お母さんは十分おきに電話をかけている。 「……どうだ?」  お父さんがたずね、お母さんが力なく首を横に振る。その繰り返しだった。  小夜子は大ばあちゃんを許すつもりはないけれど、だからといってどうなってもいいと思っているわけではない。だけど、お父さんやお母さんは、大ばあちゃんはお年寄りだからなにがあってもおかしくないと言う。  「大ばあちゃん」というのは、小夜子の曾祖母、つまり、ひいおばあちゃんのことだ。高齢にもかかわらず健康体の大ばあちゃんは、ずっとひとり暮らしをしている。孫であるお父さんは、月に一度は電話をかけて元気でいるかとか話している。  昨日も電話をしたけれど、大ばあちゃんは電話に出なかった。これまでにもこんなことはあった。庭に出ていて気づかなかっただの、買い物に行っていただの答えてはお父さんが「心配させるなよ、まったく」と苛立たし気に言うのがお決まりだった。  ただ、次の日も電話がつながらなかったのは初めてだ。  一時間前にも電話をかけた。受話器を握りしめるお父さんを、小夜子はお母さんと一緒に見つめていた。ひと気のない住宅街に、アブラゼミの声がジュワージュワーと響いていた。お父さんは口を開くことなく受話器を置いた。
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