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2 これでいいのか! 少子化対策(3章より一部抜粋)
本章では古き佳き時代の21世紀初頭を比較対象としながら、現代がいかに異常かつ破廉恥であるかを考察していく。
1 孵化器という悪魔的ツールの誕生
孵化器が再生医療畑から出現した事実が、筆者は返す返すも残念でならない。iPS細胞に端を発する幹細胞治療は(孵化器とは異なり)真に有意味な分野である。それがいまや良識ある市民に十把一絡げでサタンの手先のように扱われているのだ。
しかしそれもむべなるかなであろう。いったい人工子宮などというものの倫理をどうやって正当化すればよいというのか。
2042年現在、一般に膾炙しているバージョン4.0の〈イヴ〉はある女性の体細胞から――一説によると世紀の美女の陰毛から――遺伝子を剥離し、山中ファクターを導入、体性幹細胞にリプログラミングされたものを子宮へ分化・誘導したものである。
それへ栄養補給ユニットを組みつけた最終産品が完成版〈イヴ〉である。それらはいわゆる〈借り腹〉で収入を得ていた女性たちを駆逐するだけでは飽き足らず、自然分娩という概念そのものをも死語へと追い込んだのである。
2 少子化対策特別措置法の暴虐
本邦の国民は全員が生殖奴隷(sex slave)である。男性は言語道断の召集令状によって、女性は忌まわしい開花情報によってみずからの生殖細胞の提供を呼びかけられるというのが、いかに異常であるか読者諸兄姉はいま一度熟考すべきであろう。
行政当局は上記のいわゆる呼びかけに法的強制力はないと主張しているけれども、改正憲法に少子化対策への協力を義務として盛り込んだ側の言い分としては説得力に欠ける。
蔓延した遵法精神は社会的圧力を形成するにいたり、いまや精子を提供しない男性は〈種なしかぼちゃ〉、15歳以上の初潮を迎えた女性で卵子を提供しない者は〈石女〉などと蔑まれる始末である。
集められた生殖細胞は国家が保有する孵化施設〈高天原〉で養育され、各都道府県へ配布される。合計特殊出生率は(あえて夫婦で子どもを持つ選択をした奇特な人びとをも考慮して)厳密に2.07に維持され、人口爆発も人口減少も起きないよう管理されている。
これが果たして人間の営みと呼べるのであろうか。子どもを自分たちで育てないことを尋常だと思うような夫婦のはびこる国家が、まともなのであろうか?
3 遺伝子差別の横行
2節で述べた生殖細胞の提供はさらなる差別を助長している。男女の区別なく、個体間に身体能力や知能、外見の美醜に差があるのは厳然たる事実である。筆者はそれをも否定するものではない。
しかし以下の事実を知ってもなお、読者は平静でいられるだろうか。
①花粉媒介者のランクづけ
男性はいわば蜂に代表される花粉媒介者である。彼らはせっせとクリニックで自慰をし、精子を提供させられ、それらは賞味期限内女性(これについては後述)の卵子と顕微受精を介して結合する。
この過程で遺伝子差別が行われる。21世紀初頭に始まったふるさと納税というシステムそれ自体を、筆者は批判するつもりはない。自治体に主体性を持たせる画期的な試みであった。
けれども提供した精子の質が高いと見返りが豪華になるというのはいかがなものか。
男性はクリニックに納めた精子をどの県へ送るか選ぶことができ、それが住民税控除と特産品というかたちで報われるわけだが、控除額と品物の質が変わるのである、男性の年収や学歴の高低によって!
国はこう言っているのだ。「よい遺伝子提供者は大歓迎、そうでない遺伝子はいりません、どうせ廃棄するしね」
②開花女性たちへの**咲きという表現
例年4月になると満15歳以上の女性たちの分布が開花情報として発表される。それに基づき地方自治体は合計特殊出生率が2.07になるよう生殖細胞の取得に邁進するわけだが、とくに卵子の質には一家言あるらしい。
女性たちは年齢によって**咲きと表現され、それは15歳を満開とし、それ以降徐々に数字が小さくなるという表現を採用している。あげくに50歳以上の女性は葉桜などと表現する始末なのだ。
もちろん筆者も高齢卵子の障害児出生率が高いことは承知している。〈高天原〉で障害児の受精卵が生産された場合には全量が廃棄されるので、生産効率上昇のためにも若い卵子を満開として優遇するのは合理的かもしれない。
それが倫理的に正しいのかはむろん、別問題であるが。
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