25人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
『花、咲きそうよ』
トークルームに送られてきた写真は、どこからどう見ても実家の庭で、けれど見覚えのない木が一本、ひょろりと伸びている。先端にあるくすんだ白いかたまりは、どうやら蕾らしい。
『なにこれ』
『なにって、枇杷の木よ』
写真の送り主である母さんは、だから何だと言わんばかりに、写真を連投してくる。
細くて頼りない幹に、左右前後にこれまた細い枝が生えて、これまた細長い葉っぱがぶら下がっている。四方八方に広がる深緑は鳥の羽根みたいで、正直、重そうだ。よく支えられてるなぁ。
折れない幹、えらい。
『枇杷なんて育ててんだ、母さん』
『何言ってんの、あんた達が埋めたんでしょ』
メッセージは文字のはずなのに、俺の頭の中でぎゃあぎゃあと叱る母さんの声に自動変換される。還暦近いけど、元気そうだからまぁいいか。
最近スマートフォンデビューした母さんの為に、長男である俺は家族用のトークルームを作った。新しもの好きな母さんに、フリック入力のレクチャーは不要だったらしい。
連日並ぶ吹き出しの済には、『既読1』とある。メンバーは計3名、なお、ガラケーの父さんは除外する。
それが、ふと『既読2』に変わった。
(既読スルーかい)
残りのメンバーは寡黙だ。トークルームを作って一ヶ月、無反応には慣れた。なにせ、あいつは俺を六年近く無視している。
猫の額ほどの庭は、残念ながらガーデニングと呼べない雑多さで、名前の分からない黄色や紫の花と砂利敷きに、懐かしい実家の匂いが甦る。
夏休み、よく庭でスイカ食ったなぁ、面倒だからそのまま種を飛ばしたっけ。俺達って地球に優しいな、とか言って。
(あ)
スマホの先にいる、既読スルー野郎の顔と、親指よりでかい茶色の種が、突然記憶のアルバムから頭を出した。
『埋めたわ、枇杷の種! まーくん、一緒に埋めたよな!』
まさかあれがこんな大木になるとは。年月に思いを馳せながら、メッセージを送信する。
『今度の連休、見に行くわ、枇杷』
『分かった』
ぴろりん、着信音が鳴る。
沈黙を守り続けていた『既読2』の相手から、初めてのメッセージがトークルームに表示された。
『俺も行くわ』
弟・まーくんこと昌幸の吹き出しは、生まれて二十七年間聞いてきた声のまま、ぶっきらぼうだった。
最初のコメントを投稿しよう!