種を蒔く俺達の花はきっと地球に優しい

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『花、咲きそうよ』  トークルームに送られてきた写真は、どこからどう見ても実家の庭で、けれど見覚えのない木が一本、ひょろりと伸びている。先端にあるくすんだ白いかたまりは、どうやら蕾らしい。 『なにこれ』 『なにって、枇杷(びわ)の木よ』  写真の送り主である母さんは、だから何だと言わんばかりに、写真を連投してくる。  細くて頼りない幹に、左右前後にこれまた細い枝が生えて、これまた細長い葉っぱがぶら下がっている。四方八方に広がる深緑は鳥の羽根みたいで、正直、重そうだ。よく支えられてるなぁ。  折れない幹、えらい。 『枇杷なんて育ててんだ、母さん』 『何言ってんの、あんた達が埋めたんでしょ』  メッセージは文字のはずなのに、俺の頭の中でぎゃあぎゃあと叱る母さんの声に自動変換される。還暦近いけど、元気そうだからまぁいいか。  最近スマートフォンデビューした母さんの為に、長男である俺は家族用のトークルームを作った。新しもの好きな母さんに、フリック入力のレクチャーは不要だったらしい。  連日並ぶ吹き出しの済には、『既読1』とある。メンバーは計3名、なお、ガラケーの父さんは除外する。  それが、ふと『既読2』に変わった。 (既読スルーかい)  残りのメンバーは寡黙だ。トークルームを作って一ヶ月、無反応には慣れた。なにせ、あいつは俺を六年近く無視している。  猫の額ほどの庭は、残念ながらガーデニングと呼べない雑多さで、名前の分からない黄色や紫の花と砂利敷きに、懐かしい実家の匂いが甦る。  夏休み、よく庭でスイカ食ったなぁ、面倒だからそのまま種を飛ばしたっけ。俺達って地球に優しいな、とか言って。 (あ)  スマホの先にいる、既読スルー野郎の顔と、親指よりでかい茶色の種が、突然記憶のアルバムから頭を出した。 『埋めたわ、枇杷の種! まーくん、一緒に埋めたよな!』  まさかあれがこんな大木になるとは。年月に思いを馳せながら、メッセージを送信する。 『今度の連休、見に行くわ、枇杷』 『分かった』  ぴろりん、着信音が鳴る。  沈黙を守り続けていた『既読2』の相手から、初めてのメッセージがトークルームに表示された。 『俺も行くわ』  弟・まーくんこと昌幸(まさゆき)の吹き出しは、生まれて二十七年間聞いてきた声のまま、ぶっきらぼうだった。
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