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肩を落としながら病院から帰る道中、男は自分を見つめ直した。
彼女はいつも自分のそばにいてくれる。自分のもとを離れるはずなんてない。そんな根拠のない自信から、これまで好き放題やってきた。何度泣かせてしまったか、とうてい数え切れない。
今になって思う。自分にとって大切なものは何か? 彼女の存在だ。これまでの愚行を思えば、そんな理不尽な考えが通用しないことはわかっている。罪を償い続けなければならないことも。
彼女が待つ同棲中の部屋に帰るなり、誠意を込めて謝ろうと決意した。
「ただいま」
そんな男の決意も虚しく、彼女は唐突に男に告げた。
「他に好きな人がいるの。だから、別れて欲しい」
医師の言っていたことが的中した。
病院からの帰り道、男は自分が生まれ変わったと確信していた。もはや、昨日までの自分じゃない。今や、彼女のことを一途に思い、取り返しのつかない過ちを、侘びながら生きていくことを誓ったのだから。
土下座し、男は涙ながらに謝罪した。フローリングの上に、涙がポタポタと落ちる。感情が崩壊し、大声で泣き叫ぶものだから、声も枯れる。それとは対照的に、彼女は無表情のまま男を見下ろしていた。
すると突然、彼女のスマートフォンが着信を告げた。
「ごめんなさい。彼が迎えにきたの」
「彼?」
察してくれよと言わんばかり、男の質問に答えることもなく、彼女はその場を立ち去ろうとした。男は土下座したまま、彼女の足にしがみつく。
「ほんとにごめん! 行かないでくれ! 俺を捨てないでくれ! 死ぬほど反省してる! もう寂しい思いもさせないし、キズつけることもしない! だから、この俺と結婚してくれ!!」
男の悲痛な叫びに、彼女は言い放つ。
「もう、手遅れだよ」
彼女は男が掴む手を振りほどき、跳ねるように玄関から出ていった。
男の求婚から、花がひらくことはなかった。
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