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『あどりあの』は、そんな重々しい通称とは裏腹に、オープンテラスのある軽やかなカフェだった。海でひと泳ぎした後、砂浜に面したテラスで寛ぐ流れが自然と目に浮かぶ。
そんなことを思い浮かべながらテラスの先で様子を窺っている私に、店内のカウンター奥にいた人物が気づいた。
「いらっしゃいませ」
艶やかな黒髪を後ろで一つに束ねた店主が、特別良い愛想というわけでもない、迎えも突き放しもしない程度の距離感で声を掛ける。
店内は人気が無く、客人はいま入ってきた私一人だ。改めて見れば、盛りは終わったとは言えまだ暑い時期は続いているのに、海岸にすら人の影がない。どこか人を拒絶するような海だ。
席は任意で良い様子だったので、私は海の様子を眺めながらテラス席の椅子を引いた。テーブルに立てかけられたクリアファイルを手に取る。どうやらメニュー表のようだ。ぱらりと捲って確認をした。
なるほど。
「ご注文がお決まりの頃に…」
お冷を持ってきてくれた店主は、私が持っていた白い封筒を目にとめて、言葉が途切れてしまった。
見間違うはずもないだろう、本人ならば。
メニュー表に描かれていた青い蔦は、同じものが白い封筒にも伸びていた。
私は美しい模様のような青い蔦が示すメニューを一つ示した。
「…… かしこまりました」
店主は静かに頷くと、「よくいらしてくださいました」と、やはり静かに言うのだった。
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